独立時計師の作品の価値を読み解く「3つの文化」とは?【連載第2回】|ウォッチコレクターズ ウィーク 2026
- 07.08 Wed -07.21 Tue
- 伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
7月8日(水)~7月21日(火)まで、伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチで展開される「独立時計師とスモールメゾンの奥深い世界」。前回は、作り手の顔が見える時計が、なぜ世界の愛好家を惹きつけているのかを紐解きました。
では、独立時計師の時計を目の前にしたとき、どこに注目すれば、その価値をより深く味わえるのでしょうか。
高級時計を選ぶ際は、ブランドの知名度やケース素材、パワーリザーブなど、わかりやすい情報に目が向きがちです。それらも時計を知る大切な手がかりですが、独立時計師の作品の価値は、数値や素材だけでは捉えきれません。
第2回では、時計づくりを支える知と技の「サヴォアフェール」、職人の手が生み出す工芸的な美の「メティエ・ダール」、そして思想や物語を伝える芸術的な存在としての「オブジェ・ダール」という3つの文化から、独立時計師の作品の見方をご紹介します。
独立時計師とスモールメゾンの奥深い世界
連載記事
【連載第1回】なぜ今、世界は「独立時計師」に熱狂するのか?
【連載第3回】*7月4日(土)午前10:00頃公開予定
スペックだけでは見えない、時計に宿る3つの文化
この3つは、時計を明確に分類するための枠ではなく、一つの時計のなかに重なり合い、作り手によって異なる濃度で表れる価値といえます。精度や構造を突き詰めた機構に惹かれるのか。ルーペの先に現れる手仕事に心を動かされるのか。あるいは、宇宙や時計史の物語にロマンを感じるのか。自分が何に惹かれるのかを知ることで、時計を見る楽しみはさらに深まります。
Savoir-faire(サヴォアフェール)
-精度と構造を支える、時計づくりの知と技-
ルーペをのぞき込み、微細な部品と向き合う時計師リチャード・ハブリング氏。正確に時を刻む性能は、設計や構造だけでなく、最後に施される緻密な調整によって支えられています。
サヴォアフェールとは、ものづくりを支える知識と熟練の技術を指す言葉。時計においては、正確に時を刻むための設計や機構、部品の加工、そして組み上げた後の微細な調整までが含まれます。完成した時計の外観だけでは見えにくいものの、日々安定して動き、長く使い続けられる時計を生み出すための根幹となる技術です。
日常で使い続けるための、質実剛健な機構
<Habring²/ハブリング・ツー>
<ハブリング・ツー>
「Oskar Roulette」
1.540,000円
SSケース:直径38.5㎜/約48時間パワーリザーブ/3気圧防水/手巻/世界限定36本
□伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
文字盤の外周を囲む赤と黒の数字。その上を白い球が巡る「Oskar Roulette」は、カジノのルーレット盤を腕時計へと置き換えたような一本です。視覚的には遊び心に富んでいますが、その動きを成立させているのは、複雑な機構を確実に作動させる実直な設計です。
これを手がけるのが、オーストリアの小さな工房で時計を製作する<ハブリング・ツー>。過度な装飾に頼らず、日常で正確に動き、メンテナンスを重ねながら長く使えることを重視しています。
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工房で時計の細部を調整する手元と、庭で採れた野菜で客をもてなすハブリング夫妻。時計づくりと日々の暮らしの繋がりが見て取れます。
ムーブメントを構成する部品や注油箇所は細かく管理され、後年の整備までを見据えて設計されています。表側に見えるユーモアと、その裏側にある堅実な機構。その組み合わせに、同工房が掲げる質実剛健な機能主義が表れています。
古典的な高精度時計を、手仕事で再構築
<Atelier de Chronométrie/アトリエ・デ・クロノメトリ>
<アトリエ・デ・クロノメトリ>
「AdC99」
*参考商品
□伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
スペイン・バルセロナを拠点とする<アトリエ・デ・クロノメトリ>が理想とするのは、1930年代から1950年代に製作された古典的な高精度時計。
写真の時計は、ローズカラーの文字盤に複数のインダイヤルや目盛りを配し、ブルーの針をアクセントにしたクラシックな佇まい。一方、ケースの裏側からは、歯車やレバーが複雑に連なるムーブメントを見渡せます。
同工房では、現代のパーツをそのまま組み上げるのではなく、時計師の手で一つひとつ加工、仕上げ、調整を重ねます。完成すればわずかな面積しか占めない針にまで、細かな仕上げを施すのが特徴です。
すべての作品が一点物であり、同じ時計は二つとありません。過去の意匠を模倣するのではなく、古典的なクロノメーターが備えていた緊張感や精度への思想を、現代の時計として組み直しているのです。
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複雑な機構が広がるケースバックと、細部まで手を入れる繊細な針。右は、アトリエを率いるサンティアゴ・マルティネス氏とモンセ・ヒメノ氏。一本ごとに異なる時計を生み出す、同工房の知と技を伝えます。
<ハブリング・ツー>が日常で使える堅牢な機構を目指す一方、<アトリエ・デ・クロノメトリ>は古典的な高精度時計を一点物として再解釈します。アプローチは異なりますが、いずれも時計を機械として誠実に作り込む、サヴォアフェールの表れといえます。
Métiers d'Art(メティエ・ダール)
-職人の手が生み出す、工芸としての美-
釉薬を文字盤へ塗り、焼成を重ねるエナメル装飾。職人の経験と手加減によって、奥行きのある色艶が生まれます。
「メティエ・ダール」とは、エナメルや彫金、研磨、ギヨシェなど、職人の手によって生み出される工芸技法を意味します。時計の機能だけを考えれば、極小の部品を磨き、彫り、装飾する必要はないかもしれません。それでも手を尽くすのは、機械を鑑賞に値する美術工芸へと高めるため。肉眼では見過ごしてしまう部分にも時間をかける。その密度は、ルーペを通したときに初めて全貌を現します。
ムーブメントそのものを、美術工芸へ
<LANG & HEYNE/ラング&ハイネ>
<ラング&ハイネ>
「FRIEDRICH AUGUST I」
7,810,000円
K18RGケース:直径43.5㎜/約46時間パワーリザーブ/3気圧防水/手巻
□伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
ドイツ・ザクセン地方の時計文化を受け継ぐ<ラング&ハイネ>。正面から見ると、白い文字盤に端正なアラビア数字と装飾的な針を配した、古典的で穏やかな表情が印象的です。
彼らの作品は裏面に目を向けると、その印象は大きく変わります。金色の地板に、鏡面へと磨き上げられた受け、青焼きのネジ、赤い石が整然と並び、ムーブメントそのものが一つの美術品のような佇まいを見せます。
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ケースバック越しに現れる、荘厳なムーブメントの仕上げ。右は工房のイェンス・シュナイダー氏。昔ながらの工具と手作業によって、ザクセン時計文化の美意識を現代へ受け継いでいます。
これらの部品は、昔ながらのヤスリや研磨剤を用いながら、輪郭や表面を丹念に仕上げたもの。文字盤にも、釉薬を塗り、焼成を重ねるエナメルなどの工芸技法が用いられます。機能を担う部品の一つひとつに鑑賞する価値を与える。その荘厳な手仕事に、ザクセン地方の宮廷時計へと連なる美意識が息づいています。
Objet d'Art(オブジェ・ダール)」
宇宙や歴史を伝える、文化的なオブジェ
ルーペを通して、時計の細部を確認する時計師ピム・クースラグ氏。宇宙の壮大な運行も、指先ほどの部品と向き合う緻密な仕事から形になります。
時計は、もともと天体の動きを人の暮らしへ取り込むために生まれた道具でもあります。地球の自転や太陽の運行を測り、目に見えない時間を表示する。その起源に立ち返れば、時計と宇宙は切り離せません。オブジェ・ダールとは、時計を単なる計時機器ではなく、思想や歴史、壮大な物語を伝える芸術的な存在として捉える視点といえます。
腕元に広がる、精密な太陽系
<Christiaan van der Klaauw/クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ>
<クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ>
「Grand Planetarium Eccentric Manufacture」
39,600,000円
K18RGケース:直径44.0㎜/約60時間パワーリザーブ/5気圧防水/自動巻
□伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
オランダの<クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ>は、天文時計を専門とするスモールメゾン。「Grand Planetarium Eccentric Manufacture」の文字盤に広がるのは、太陽を中心に惑星が巡る小さな太陽系。水星(Mercury)から海王星(Neptune)まで、それぞれ異なる公転周期を精密な歯車によって再現しています。星空を描いただけの装飾ではなく、天体の運行そのものを機械式時計のなかで動かしているのです。
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同心円状に連なる微細な歯車と、色とりどりの小さな惑星。右はピム・クースラグ氏。直径数センチの文字盤に、壮大な太陽系を組み上げます。
製作工程の写真には、偏芯円状(Eccentric)に並べられた微細な歯車と、その傍らに置かれた色とりどりの惑星が写っています。壮大な宇宙の表現が、実際には指先ほどの部品を組み上げる緻密な作業から生まれていることがわかります。
時計史の物語を、現代の腕時計へ
<LOUIS MOINET/ルイ・モネ>
<ルイ・モネ>
「1816」
6,930,000円
Tiケース:直径40.6㎜/約48時間パワーリザーブ/5気圧防水/自動巻
□伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
二つのインダイヤルと、文字盤下部の表示、細く伸びたブルーの針。現代作「1816」の構成には、約200年前に生まれた歴史的な計時装置の面影が映し出されています。
その原点となる「コンプトゥール・ド・ティエルス」は、世界最古のクロノグラフとしてギネス認定されたルイ・モネの発明。「1816」では、その独特の表示やケース側面のプッシュボタンを現代の腕時計へと再構築しています。
歴史的な計時装置の意匠を、現代作「1816」へ継承。
<ルイ・モネ>が時計へ託すのは、過去の偉業だけではありません。隕石をはじめとする地球外の素材を文字盤に用い、宇宙から届いた物質が持つ時間まで一本のなかへ取り込んできました。
歴史的な発明や希少な素材を、目で見て語れる形へと変える。時刻を示す機能と同じほど、背景にある物語が時計の価値を形づくっています。
自分が心を動かされる価値から、時計を見つめる
サヴォアフェール、メティエ・ダール、オブジェ・ダール。独立時計師の作品の魅力は、このどれか一つだけで決まるものではありません。優れた機構に美しい手仕事が重なり、そこへ作り手の思想や歴史が加わることで、一本の時計が形づくられます。
大切なのは、どの文化が最も優れているかではなく、自分がどの価値に心を動かされるかです。精度や構造に惹かれる人もいれば、ルーペの先に見える研磨や彫金に惹かれる人もいる。宇宙や時計史の物語を腕元に置くことに、喜びを見出す人もいるでしょう。
「ウォッチコレクターズ ウィーク 2026」では、写真だけでは伝わりにくい機構の動きや仕上げの奥行きを、実物を通して確かめることができます。自分の価値観と共鳴する一本を探すための、新しい物差しとして、3つの文化から時計を見つめてみてください。
本連載の最後となる次回は、工業製品としての完成度と、人の手が生む微細な表情がどのように共存するのかを通して、独立時計師の作品を所有し、未来へ受け継ぐ意味を考えます。
独立時計師とスモールメゾンの奥深い世界
連載記事
【連載第1回】なぜ今、世界は「独立時計師」に熱狂するのか?
【連載第3回】*7月4日(土)午前10:00頃公開予定
- 開催期間:7月8日(水)~7月21日(火)
- 開催場所:伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
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- 開催期間:7月8日(水)~7月21日(火)
- 開催場所:伊勢丹新宿店 各階
Text:Shinji Hashimoto
制作 STUDIO ALTA
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