2019.06.10 update

Vol.3 ステファニー・クエール|英国・マン島に生まれ、育ち、暮らすアーティストが示す、クマとヒトとの優しい関係。

去る5月14日(火)、5週にわたって開催され大盛況のうちに終了した「アートアップ」第3弾でフィーチャーされたアーティスト、ステファニー・クエール。だが東京・神宮前のGallery 38では、英国・マン島出身、大自然に触発された生命力みなぎる動物たちの造形作品を手掛ける彼女の、国内では2年ぶりとなる個展「Bear Nature」が開催中だ。この個展と作品たちに込められた思いを、作家自らが語ってくれた。



実は建築家志望だった、自然を愛する芸術家

 

英国屈指の芸術大学であるスレード・スクール・オブ・ ファイン・アート彫刻学科を首席で卒業。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでは彫刻学科修士課程を修了し、生まれ故郷であるマン島内にあるアトリエとロンドンのスタジオで創作活動を続ける、ステファニー・クーエル。日本ではドーバーストリートマーケット ギンザ1階で展示されている白い象の作品で一躍脚光を浴びた気鋭のアーティストが、「Bear Nature」と題された個展を6月15日(土)まで開催している。

その名の通り、ライフサイズのクマが主役となっているこの個展で、彼女が表現したかったこと、我々に伝えたいことはなんだったのか。ステファニー・クエール本人に話を訊いた。


──どんな幼少時代を過ごし、将来は何になりたいと思っていましたか?


「農家の娘として育ったことは、とてもラッキーでした。納屋に隠れ家を作ったり、子猫を捕まえたり、泥まんじゅうを作ったりして遊びました。そんな私が芸術家を目指したのは、建築家にはなれないと悟ったから。マン島大学で素晴らしいアートの基礎のクラスを受講し、彫刻に惚れ込み、それ以来ずっと作り続けています。計画的にアーティストになったわけではないんです」

──なぜ動物を題材にしたのですか?

「動物たちこそが、私がアートを作る理由そのものだからです。動物のあるべき姿を具現化したいという思いが、私に粘土を握らせ、創作へと駆り立てる衝動となるのです。人間の状態というのは、私たち自身が動物であるということを経験し、実感することによって、よりリアルに感じることができるような気がします」



──ライフサイズの作品にこだわる理由を教えてください


「作品は、見る人が完成させてくれるものだと考えています。ライフサイズ作品だからこそ、皆さんの手や、足、膝、肘などの肉体的感覚は、粘土に表現されている印のありのままの感覚を捉えることができる。作品を見れば、どんな感覚をともなってそれが作られているのか、感じられるはずです」

──インスピレーションの源は何ですか?

「命そのもの。人間とは何かという問いに挑むこと。動物の存在を呼び起こすこと。そして、熊や、牛や、カラスのように感じてみること。私は粘土が持つ原始的な自然性を好んでいます。粘土は大地から生まれ、とてもしなやかなのに、どんな強度にも仕上げられます。それでいて確かな重さがあり、曲げたり、伸ばしたり、引き裂くこともできるんです。まるで地球自体を釜で焼き上げるかのような神秘的な工程は、以前失ってしまったものたちと再び繋がれているような気がします」


――作品制作の工程を教えてください


「大抵の場合、まずはデッサンから始めます。意識が追いつけないほどに素早く、狂ったようにスケッチします。そしてその動きや特徴の新鮮さが失われないうちに、粘土に取り掛かるようにしています。“動物”を自然の粘土によって形作ろうとするということがすでに“狂気”であって、制作工程そのものが作品といってもいいようなものなのです。何かが響いてきたと感じたときは、やりすぎて台無しにしてしまう前に作業をストップするように気をつけています。窯で焼かれる作品のほとんどは中空になっていますが、 生の粘土で制作される今回のクマのような作品は、鋼鉄の骨組みに何トンもの粘土を塗りつけて作っています」

 


シンプルで根本的な、マン島の暮らし

 

──あなたの故郷であり今も暮らしているマン島とは、どんなところですか?

「マン島、またの名をエラン・ヴァニンは、アイリッシュ海に浮かぶ小さな宝石のような島です。島は南北が約30マイル、東西は約10マイルしかなく、住人はおよそ85,000人。伝統文化やケルト文化、そしてゲール語が深く根付いています。島には特別な何かがあります。大いなる自然やその繋がりや。変わりやすい天気。そして独立心。スネーフェル山の頂上からは、イングランド、アイルランド、スコットランドやウェールズが一望できます。霧さえ出ていなければ、(アイルランドの伝説上の人物である)マナナン・マクリルの像も見えるかもしれません」

──あなたはなぜマン島での活動を続けているのですか?

「夫のダレンも私も、農場にアトリエを持ち、両親を手伝いながら牛や羊を育て、毎日動物や生命・死・粘土・肥料といったシンプルだけど根本的なことを意識しながら生きるのが、とても好きなんです」


──個展でクマにフォーカスした理由を教えてください

「クマってとても魅力的です。私たちにとって究極の野生動物であり、孤独で、神秘的で、何ヶ月も冬眠したあと、毎年春には生まれ変わるという自然のサイクルの中で生きている。彼らは何千年もの間、私たちの集合意識を占めてきました。アイヌの人々はクマに寄り添い、まるで私たち自身を反映したようなこの賢い生き物を崇拝し、尊敬して生きてきました。彼らのような古来の文明のことを知るのはとても刺激的です。クマはどういうわけか物語や児童文学を通してとても身近に感じられるのに、実際彼らに遭遇することはめったにありません。動物園の風景はいつも間違っていますが、私たちが属している世界が垣間見られるものでもあります」


アーティストとしての夢と、使命感


──あなたの作品を通じて感じてもらいたいものは何ですか?


「私は自分の作品を通して、どれほど粘土が動物を具現化でき、感情を刺激するのかを知った人々のリアクションを見て、いつも驚かされています。作品よりも、私たち自身や人間の状態について多く語られるからです。私はみなさんに、自分たち自身の動物性や、より大きな自然のサイクルの一部であることを感じてもらいたいのです。そして、巨大な人口となった人類が、いかにこの世界を持続可能でも、必要でもないスピードで消費してしまっているかということについて、考えてもらえたらと思っています。私たちは幸せであるために、人間であるために、自然との繋がりを必要とします。しかし私たちは、自分たち自身の手で、その繋がりを切っているような気がするのです」

──あなたにとって自然とは、都市とは何ですか?属しているのはどちらですか?

「私は野ネズミです。街ネズミではありません」



──現代の人々とアートとの関係について、なにか感じることがあれば教えてください

「私は私たちと共鳴するように作られたもの、大切にしたいと思わせてくれるもの、思いが込められたもの、シンプルで使い勝手がよく「アート」と呼ばれるようになったものなどに、強く惹かれます。私は日本で、工芸とアートの世界が手に手を取り合っているのが好きなんです。アートに動物が登場するのは人類と同じくらいの歴史があり、3万年前の洞穴の壁画も今と同じように共鳴していたように見えます。私はそれと同じように、アートを使って召喚し、祝福し、繋がっていると感じています」

──アーティストとしてのゴール、成し遂げたいことは何ですか?

「もし創作を続けているなら、新しい粘土を発見し、窯のなかで焼く温度の限界に挑戦できたら幸運ですね。どんな方法によってでも内なる反応を呼び起こし、私達自身の動物性を目覚めさせ、私たちがPCのモニターやクレジットカードなどではなく、この美しい惑星に属していることを思い出してくれることを願っています。強欲なまでの消費主義をもっと根本的に、今すぐにでも、より深い部分から政府や大企業を巻き込んで変えていく必要があります。すでに私たちは地球を荒廃させ、野生生物の6割を絶滅させてしまいました。これからは私たちがまだ持っている生態系を、フンコロガシからから大型動物にいたるまで保護していかなければなりません。これを粘土に求めるのは、現実的ではありません。しかし、アーティスト、農夫、そして子どもを持つ親として、私たちは一歩ずつでも小さな変化を起こしていきたい。変化は進行中であり、誰もが行動にする力を持っているのです」

Photo:Shunsuke Shiga
Text:Junya Hasegawa(america)


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