2016.06.12 update

【インタビュー】中野香織(服飾史家)|「紳士のもの選び」単行本『紳士の名品 50』を著者が語る(後編)

中野香織さんの単行本『紳士の名品 50』(小学館セレクトムック)の表紙と裏表紙にはイラストレーターの“巨匠”綿谷寛さんの描き下ろしのイラストがあります。表紙には片手でコートを持っている男性が、そして裏表紙には女性をエスコートしてさり気なくコートを掛けている男性が描かれています。「この一冊を読むとそんな男性になれるよう」という中野さんの願望が込められた赤い表紙。ぜひ書店でお手にとってください。前編はこちらから


孤独とソーシャル(社交)を上手に循環できる人

――中野さんは長くジェントルマンの研究をされていますが、21世紀の「紳士」像とはどんなイメージでしょうか。

「紳士を語る」というと理想の男性像を語ることと同一視されたりしますが(笑)、「紳士の条件をすべて満たすものは紳士ではない」という定義があるように、一筋縄ではいきませんね。ただ、時代に応じて柔軟に周囲に適応できるけど、芯をしっかり持っている人はいつの時代でも尊敬されます。孤独とソーシャル(社交)を上手に循環しながら、社会に適応しつつ個性を保っている人というのは、紳士のイメージの基本にあります。

――女性は男のモノを身につけることができませんが、そういう部分も意識されていますか。

男性が男性の商品を語るときは、そのモノへの思い入れや好き嫌いが入ることが多いように感じますが、私は一歩引いていられるので、その客観性は書き手としての強みだと思っています。女性のモノは時代感や気分が大事ですが、男性のモノは必要最低限の機能の上質さで勝負しているものが残っている。装飾を削ぎ落として本質の良さで勝負できているものは時間を超えると思っています。

――やはり装うことに対して、男性と女性は違いますよね。

たとえば男性はモノの価値が分かる人が集まって、お互いの靴などを撮りあったりしますよね。そういう発想は女性には恥ずかしくてまずありません。モテるために装うというのは江戸時代以前からありましたが、純粋に洋服が好きな男性はお金を惜しまず趣味としての服飾品に投資をすることがあり、それは女性には分からない世界。靴を撮りあうなどの行為は、ホモソーシャルな世界のコミュニケーション手段として機能していますね。同じ趣味嗜好をもつ人がそこに吸い寄せられるのでしょう。


モノからも読み取れる21世紀の「紳士」像

――さて、今日は『紳士の名品 50』に掲載されている商品をメンズ館内から集めてきていますが、伊勢丹新宿店メンズ館はどういう印象ですか。

文字通り、男性ファッションの聖地ですね。私は数年前から三越伊勢丹百貨店の研修講師をしていて、店員(スタイリスト)にファッション史やブランドに関する講義を行っていますが、そういう教育にお金をかけていたり、8階のチャーリー・ヴァイスやサロン・ド・シマジのように文化的な発信に力を入れていたりするなど、ブランディングが上手にできていると思います。また、私も利用したことがありますが、ギフト・コンシェルジュのサービスがあるのはうれしいですね。

<JOHN SMEDLEY/ジョン・スメドレー>浅Vネックセーター 各31,320円

――テーブルの上にある商品で気になるものはありますか。

<ジョン・スメドレー>はエリザベス女王から英国王室御用達のロイヤルワラントを取得していますが、下げ札にマークはあっても、タグにはマークを付けていません。王室御用達をことさらにありがたがらないという、そんなブランドの姿勢が表れていてユニークですね。そんなブランドの姿勢込みで好きな人もいて、「今、何がカッコイイか」というモダンジェントルマン的な感覚は時代とともに変わることがわかります。

――21世紀の「紳士」像ともオーバーラップしますね。

21世紀のジェントルマンと世間から思われているような人は、「俺、ジェントルマンじゃないから」とみんな言うし、エスタブリッシュメント階級にいる人は、わりやすく示すことを潔(いさぎよ)しとしない。そんな気質は、彼らとモノとのつきあい方からも読み取れます。

手前<SOZZI/ソッツィ>ロングホーズ各4,644円、<三陽山長>スキンステッチUチップ「勘三郎」97,200円、<M.MOWBRAY/M.モゥブレィ>シューケアセット「エドワードセット」 3,240円

男は背中を押してほしがっている

――往々にして男はモノを買う意味や意義がほしいときがあります。

そうですね。背中を押してほしがっているのでしょう。ファッションも人間の行動も“らせん形”で進化しています。装飾性が強まったと思えば、ノームコアのトレンドが来て、また「タッキー」(悪趣味)がいいなんて言っている。だから、モノをもたないことが素敵というトレンドがきても、「らせんの法則」でいくと、モノが完全になくなることはありません。真摯なモノづくりをしていれば、それはきちんと使い手に伝わるものだし、リピーターを獲得できるブランドは廃れませんね。

――では最後に、「今のカッコイイ男の人」を教えてください。

「最高級の普通」を体現する人。パッと見て普通なんだけど、普通のレベルが最高級。この本にも書きましたが、本質が整っていれば、奇をてらう必要も目立つ必要もない。最高の普通は飽きない。憧れます。


中野香織さん「紳士の名品50」トークイベント
「紳士の名品50」の著者中野香織さんが「紳士のもの選び」について語ります。スペシャルゲストの登場も!
□日程:6月18日(土)
□時間:4時~5時
□場所:メンズ館8階=チャーリーヴァイス
□費用:1,500円(税込)ドリンク代
□定員:20名
□ご予約:03-3225-2853(直通)
※参加のお申し込みやお問い合わせは店頭またはお電話にて承らせていただきます。 恐れ入りますが定員になり次第、お申し込み受付を締め切らせていただきます。


中野香織(なかのかおり)

服飾史家・エッセイスト。明治大学国際日本学部特任教授
東京大学大学院修了、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、過去2000年のファッション史から最新モード事情までを幅広い視野から研究・執筆・講義。著書『モードとエロスと資本』(集英社新書)『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮社)監訳『シャネル、革命の秘密』(ディスカバー・トゥエンティワン)
http://www.kaori-nakano.com/

Photo:Suzuki Shimpei

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