2016.06.11 update

【インタビュー】中野香織(服飾史家)|“紳士のもの選び”単行本『紳士の名品 50』を著者が語る(前編)

インタビューのためのテーブルの上に用意されたのは、セーター、靴、ネクタイ、ホーズ、花束、風呂敷、ハンカチ、シューケア用品、ハンガー、シングルモルト……。実はこれらは雑誌サライの連載「紳士のもの選び」を単行本化した『紳士の名品 50』(小学館セレクトムック)で語られているものです。伊勢丹新宿メンズ館がまるごと掲載されたような本の著者は、服飾史家でエッセイストの中野香織さん。今日は白いスーツでご登場です。


コンセプトは「モノを通じて紳士を語る」

――サライの連載「紳士のもの選び」をまとめた『紳士の名品 50』ですが、単行本化にあたって工夫されたことは。

2011年の東日本大震災前からの連載なので、内容が古くなっているかなと思いましたが、版元のほうで今読んでも面白いと判断していただき、単行本にすることができました。一冊の本にまとめるのに際し、最初は連載の時系列のままの掲載を考えましたが、本としてはそれだけでは物足りなくて、編集からのアドバイスで章分けを考えてみました。分けた項目を見て浮かんできた4つのキーワードを、各章のタイトルにしたのですが、それが、「外見をつくるもの」「必携の小道具」「愛と休息を彩るもの」そして「日本の粋と心意気」です。

――古くなっていない理由を教えてください。

「紳士のもの選び」は、連載当初から「モノを通じて紳士の世界を語る」をコンセプトにしていました。紳士、ダンディズムという観点から、モノとのつきあい方を通じて紳士がどう形成されていくのかに焦点を当てているので、時間に耐えうるものになったかなと思います。

――商品はどういう基準で選んだのですか。

連載時は、季節で取り上げる商品を決めていました。スタイリストの堀さん、編集者と相談しながらそのときに旬なものを選び、ほぼ4年間掲載しましたが、震災後には日本の企業を応援したくて、日本のブランドを優先的に取り上げるようにしました。商品は手が届かないものではなく、少し背伸びしたら買えるような価格帯のものを意識的に入れています。


機能を追求しているだけでは色気がない

――印象に残っている商品はありますか。

基本的にすべて取材しているので、対応してくださったスタッフの方とともに、商品一つひとつが強く印象に残っています。ガラス食器の取材では工場に出かけて実際に作ってみたりもしたので、ひときわ思い出深いですね。「日本の粋と心意気」にまとめた国内の取材では、現場の職人の方がみなさん無口で(笑)、いかに良いところを引き出すか、どう言葉を紡ぎ出すかが大変でした。でもそこが魅力でもあるのですが。

――そういう作り手の想いも込められていると。

今回、担当編集者の小学館の河内真人さんが、帯に「右手に品格、左手に色気」と書いてくださいましたが、商品は単に機能を追求しているだけでは色気がない。「品格」の基本は、本質の良さにあります。媚びず、削ぎ落としたところでどれだけ勝負できるかということですね。ただ、そこにちょっとしたツヤ感や色気が加わることで、それがそばにあると心が豊かに潤います。作り手の愛が感じられると、モノはただのモノではなくなり、使う人との関係性が生まれます。そうなると、簡単には捨てられなくなる。人間にしか持ち得ない愛や潤いが加わると最強かなと思います。


――現代の紳士に必要不可欠なものの条件ですね。

本が始まる最初のページに、「愛と技術が上手く働き合うとき、名作を期待していい」というジョン・ラスキンの名言を書きましたが、『紳士の名品 50』は、商品を紹介するというたて糸に加え、横糸として、エッセイとしてさらりと読めるよう文章を工夫しています。そのあたりを感じていただければうれしいです。

左<NAKATA HANGER/ナカタハンガー>スーツハンガー 4,860円、<GLENFIDDICH/グレンフィディック>3,348円、<MACALLAN/マッカラン>12年 6,480円

『紳士の名品 50』担当編集者より
きちんとした知識に裏付けされている文章が素晴らしいのはもちろんですが、カフリンクスの項の文章の最後に、「装飾ぎらいの男のプライドと、ねじ回しの遊び心、矛盾を楽しむユーモア。女に媚びない好みと美学が貫かれたアクセサリーで、女にはできない仕草を決める」と書いた締めに、「男の子!」って感じ。で終わるのですが、「男の子!」って感じと書くところが中野さんらしくて、文章に可愛げ、茶目っ気があります。そういうクスッと微笑むような余裕があって、文章がジェントルマンに収れんされていくので気持ちよく読めると同時に、モノにまつわる喜びを味わっていただける本になっています。

インタビュー後編では、『紳士の名品 50』から見える21世紀の紳士像に迫ります。⇒後編はこちら

ネクタイ手前から<FAIRFAX/フェアファクス>レジメンタル9,720円、<FAIRFAX/フェアファクス>エンジ小紋9,720円、<FRANCO SPADA/フランコ・スパダ>ネイビー9,720円、<ISETAN MEN’S/イセタンメンズ>スカイブルー11,880円、奥左<FAIRFAX/フェアファクス>ハンカチ各4,320円、右<宮井>風呂敷各1,944円

中野香織さん「紳士の名品50」トークイベント
「紳士の名品50」の著者中野香織さんが「紳士のもの選び」について語ります。スペシャルゲストの登場も!
□日程:6月18日(土)
□時間:4時~5時
□場所:メンズ館8階=チャーリーヴァイス
□費用:1,500円(税込)ドリンク代
□定員:20名
□ご予約:03-3225-2853(直通)
※参加のお申し込みやお問い合わせは店頭またはお電話にて承らせていただきます。 恐れ入りますが定員になり次第、お申し込み受付を締め切らせていただきます。

中野香織(なかのかおり)
服飾史家・エッセイスト。明治大学国際日本学部特任教授
東京大学大学院修了、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、過去2000年のファッション史から最新モード事情までを幅広い視野から研究・執筆・講義。著書『モードとエロスと資本』(集英社新書)『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮社)監訳『シャネル、革命の秘密』(ディスカバー・トゥエンティワン)
http://www.kaori-nakano.com/

Photo:Suzuki Shimpei

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