2021.01.29 update

【インタビュー】<TAAKK/ターク>デザイナー森川拓野が描くシュルレアリズムの解釈


<ISSEY MIYAKE/イッセイミヤケ>時代にパリコレクションの企画・デザインを担当していた森川拓野氏は、昨年、遂に自身の名でパリコレに参加を果たした。「ようやく自分らしい服作りができるようになったところなんです」と話すデザイナーの扉は、いま大きく開かれた。


※<TAAKK/ターク>の一部商品は、三越伊勢丹オンラインストアにて1月29日(金)午前10時頃より、また伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズにて2月3日(水)より販売開始予定。


シーズンテーマに掲げた「ルネ・マグリット」の真意

シュルレアリズムの画法のひとつに「デペイズマン」という技法がある。あるモチーフを本来在るべき場所とは別の場所に置くことで心を揺さぶる画法のことだ。サルヴァドール・ダリの初期作品に多用される溶けた時計や、ポール・ナッシュが描いた田園の石柱などが、正にそれに当たる。

<TAAKK/ターク> デザイナー 森川拓野氏

森川拓野氏の今季のコレクションテーマは「ルネ・マルグリット」。20世紀初頭のシュルレアリストとして著名な画家の名だが、森川氏は少し俯きながら言葉を紡いだ。

「少し言葉足らずの表現だったと反省しています。マグリット作品をモチーフに使ったわけでもなく、表面的にはシュルレアリズムのイメージはないんです。着る人に意外性や驚きといった感動を与える服を作りたいという思いを自分なりに形にしていくなか、絶対に結びつかないものを結びつけることで意識する錯覚や違和感といった感情を表現する言葉としてマグリットを挙げたのです。」


昨年話題となった<TAAKK>のコレクションは、本来ならパリで発表されるはずだった。しかし代替に新宿御苑の植物園で開催されたランウェイショーと、森川氏が手書きで起こした手紙に添えられた動画のプレゼンテーションはメディアの評価も高く、新しい時代のファッションプレゼンテーションとしても注目を浴びた。「僕しかできない表現を作り出したいんです」と、服に限らない表現方法を模索しているのかと思いきや、すべては服を作るためのリソースなのだという。


「生地作りは僕のライフワークといえるもの。出来上がった生地を見ながら、どういったフォルムに構築するのがもっとも相応しいかを考えるという手順です。膨大なアーカイブとストック生地をチェックして、工場と相談しながら生地を企画します。」

胸元から襟までを二重にしたシャツや、透けるほど薄手のナイロン地を使ったMA-1フライトジャケットのデザインは、生地の特性を十二分に活かしたものだ。横糸をグラデーションにして次第に透かしてゆく素材は、最終的にまるで羽衣のように薄く透明だがしっかりと張り感が残っている。




「花のプリントは、コロナ禍で閉鎖していたアトリエの裁断台の上で枯れていた花を撮影したもの。どこかアーヴィング・ペンの写真のようにシニカルだけど、今の時代を表すリアルな題材に思えたので。」

リネンからコットンへと変化してゆく素材は、ジャケットなのに裾周りがシャツ地ゆえにタックインも可能。最初からそこに在るのに、どこから来たのかわからないうちに存在していた意外性に驚かされる。これこそ「デペイズマン」の正体であり、今季を総括するキーワードではないか。

オフィシャルに上がったパリ・コレクションがもたらしたもの


子どもの頃から母親の手編みセーターを着ていたという。高校生になる頃、母の手ほどきで服を作ることを覚えた。

「姉が友達から借りてきたデザイナーズブランドのパンツを、新聞紙で型紙を起こして母が作ってくれた記憶があります。自分で作った服を友だちにあげて喜ばれたことも。そんなことをしているうちに服作りって面白いって思うようになったのだと思います。僕の服の先生は、母親といっていいかもしれないですね。」

秋田から往復7200円の高速バスで仙台へ服を買いに行くことが「お洒落」だったと笑う。当時、仙台市内で勢いのあったブランドやセレクトショップの話題で盛り上がった。

文化服装学院の卒業を間近に控えても、就職活動を一切していなかったという。来週から無職になることを覚悟していたとき、教員から<ISSEY MIYAKE>のアルバイトを紹介され無事採用されたことがキャリアのスタートとなった。


「その頃、作っていたのは、布に縮む箇所と縮まない箇所を設計して、洗濯機で洗うと生地が立体化して服になるというもの。平面の生地をどう立体化するという考察は、<ISSEY MIYAKE>らしかったから採用されたのかな?」

7年勤めた<ISSEY MIYAKE>を退社すると、2013年、自身のブランド<TAAKK/ターク>を設立。同年「Tokyo新人デザイナーファッション大賞」を受賞し2017年には「TOKYO FASHION AWARD」、2019年の「FASHION PRIZE OF TOKYO」と数々の賞を総なめにすると、その副賞として2020年1月にパリ・コレクションへの参加を果たす。

「最初はアンオフィシャルのプレゼンテーションでしたが、今年はオフィシャルのスケジュールにも掲載されました。メディアの取材も、バイヤーからの連絡も増えました。伊勢丹さんからも声をかけていただいたことで、今シーズンから展開が始まりました。春にはプロモーションも決まっています」。

3月10日(水)より、伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズにて開催されるプロモーションでは、デザイナー自ら店頭に立ち接客もしてみたいという。「どう伝えたら伝わるかを考えています。僕自身、伝える努力をしたいと思っているんです」とは、服にすべてを語らせる旧来のデザイナーとは違う、新しい姿にさえ見えた。だがそんな森川氏も昨年まではもっと尖っていたと笑う。しかし「尖ってるだけでは伝わらない」そう思い直す機会を得たのは時代が大きく動いているからに他ならない。


「これまではデザイナーとして承認欲求が強すぎました。コロナ禍で目が内側に向くようになって、ようやく自分と向き合うことができたのかな。いまは服を着た人が素敵な一日を過ごせるか、どれだけ幸せになれるか、そこへ素直に向き合うことが自分の仕事だと思えるようになれたんです。そのための服には驚きや感動が必要です。着てくれる人に感動を与えることに全力を注ぐことを、いまの自分とチームがすべき最大の課題としています。」

心に響く言葉をもらえて取材を終えたアトリエは、流行最先端の街中ではなく、私鉄沿線の下町感溢れる商店街にある。住み込み形式の庶民的な商店物件だ。腰窓から低い冬の日差しが差し込む3階建て。2階は森川自身が自宅として使用しているが、今夏に建て替えが予定されているため退去を迫られているそうだ。

「日当たりもいいし、商店街はなんでも揃うし、交通の便もいい。次もこの町で物件を探したいですね。南青山? いや、全然考えてないです(笑)」。

下町感あふれる私鉄駅からまっすぐ伸びる昼どきの商店街は、買い物客で賑わっていた。この雑多な背景のなかで森川が語るのは、あと少しの間である。こんな場所にパリコレブランドがアトリエを構えていることこそ、シュルレアリズム以外のなにものでもなかった。



※<TAAKK/ターク>の一部商品は、三越伊勢丹オンラインストアにて1月29日(金)午前10時頃より、また伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズにて2月3日(水)より販売開始予定。

Photograph:Tatsuya Ozawa
Text:Yasuyuki Ikeda

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