2019.10.23 update

【特集】伊勢丹メンズ館が再評価する "尾州生地" の価値とは。

とかくメンズファッションにおいて、イギリスやイタリアのブランドやテーラーとともに、素材=生地までが高級品として扱われることが多いものだ。そもそも洋装とは西欧生まれの服だけに、当然といえば当然で、確かにヨーロッパのそれはクオリティも高いが灯台下暗し。日本にも腕の立つテーラーは数多くいるし、生地にも上質なものがたくさんある。にも関わらず、それらが正当な評価を得ているとは言い難い。伊勢丹メンズ館は、そんな日本の「宝物」を再評価するプロジェクトを続けている。


「手の国」日本の職人たちに着目する。──本企画では日本の繊細な美意識と、高度な職人技術を再確認し、世界へ向けて発信したいという願いが込められている。メンズ館5階テーラードクロージングの山浦バイヤーは言う。

「世界三大毛織物産地のひとつは、日本にあると言われています。イタリアのビエラ、イギリスのハダスフィールド、そして日本の尾州。愛知県尾張西部地域から岐阜県西濃地域に跨る、昔の尾張国ですね。紡績から織物に仕上げるまでの全工程を分業・協業することで、日本国内の毛織物生産の約8割が尾州で行われています。伝統的な手法を受け継ぎながら、繊細な作業に長ける熟練した日本人職人が作り出す毛織物は、海外の一流メゾンからも発注がくるなど、世界的にも評価が高いものなんです」。


尾州生地の特徴は、一言でいえば職人技だ。研究熱心で手先が器用な日本人の繊細な感性にあるといってもいいだろう。技術先進国ならではの最高品質の高番手生地はもちろんのこと、わざわざ海外から買い付けた旧式の織機を使って、まるで100年前に織られたかのようなヴィンテージ風味の生地までも生み出せる。これだけ幅広い生地を紡ぎ出せるミル(機屋)が揃う地域が尾州だ。

いまや尾州は世界的な希少な”ヴィンテージファブリック”の供給地となっている。ここ数年、ブームもあって、尾州では当時のレシピを解析した、さまざまなヴィンテージ風のファブリックが生み出されているのだ。海外の高級メゾンやラグジュアリーブランドからもオーダーが入るという。伊勢丹メンズ館でも、尾州の機屋と協業してヴィンテージな風合いを醸す様々な別注生地を手掛けている。

「これまで約10年以上、尾州の機屋と共同で生地を作ってきました。開発した生地はブランドやメーカーさんに使ってもらうことで、他にはない伊勢丹メンズ館だけのコレクションを展開しています。また5階メンズテーラードクロージングで展開するテーラーのメイド・トゥ・メジャー(以下MTM)でも尾州生地を使っています。普段、国産生地を使う機会のないリッドテーラーと尾州生地の組み合わせは、ここでしか買えない希少なものです」。

そんな伊勢丹メンズ館×尾州のエクスクルーシヴな生地を使って、リッドテーラーが仕立てたクロージングをいくつか紹介しよう。



<リッドテーラー>コート 319,000円(オーダー価格)
お渡し:約5週間後から

タッカは今回はじめて伊勢丹メンズ館が取り組んだ機屋だ。2004年創業と歴史は浅いが、創業者の棚橋英樹氏は、大手織物会社を経て独立。ファッション感度の高いヴィンテージ風ファブリックを得意とする同社は、旧式のションヘルや低速レピア織機を用いることで、あえて非効率な工程でしか成し得ない味わいのある織物を得意としている。

「タッカさんはペルーやインドなど、原毛産地に足繁く通うことで良質な買付ルートをお持ちのメーカー。そこでジャケット&コート生地を織ってもらいました。サスティナブルな無染色のベビーキャメルやヤク、未化炭のウールを使い、低速のションへルで織ることで、空気を含んだ膨らみある生地は、柔らかい感触が出せていると思います」。


中伝毛織は尾州の機屋のなかでも大手といわれ、昨年開催された「ツイードラン名古屋」に関わるなど元々、紡毛生地を得意とする機屋。伊勢丹メンズ館ではこれまでもツイード生地の別注を行っておいて、今回はホームスパン調のツイード生地を依頼している。

「スーツに着られるツイードということで企画してみました。ツイード特有のちくちくしたタッチを抑えるために、紡毛糸に梳毛糸を巻きつけるという技術を駆使するなど、英国ツイードとはまた違ったアプローチで現代的なツイードを生み出すことができました」


オパレックスは代表の山本氏の感性から生み出される企画力に長けたモノづくりが魅力。国内外の有名デザイナーズブランドも頼りにしているという。

「ハウンドトゥースをベースにしながら、何色もの色糸を使うことで深みのある色柄に仕上げています。英国のヴィンテージ生地の風合いを作り出すために、さまざまな工夫を凝らしているのですが、ここまで手の込んだ仕上がりが出来る企画力と技術力の融合は日本の職人仕事という感じがしますね」。


今回の生地は、すべて<リッドテーラー>のMTMでも使用できる。テーラーの根本修氏はいう。

「もう何年も海外に生地の買い付けに出かけていますが、年を追うごとに良い生地と出会うことが難しくなってきました。トニックやスーパーブリオなんて世界中のバイヤーが血眼になって探していますが、価格高騰も激しくて現実的とは言えない状況です。あっても色柄が日本人の趣味に合わないものばかり。誰もが欲しがるような色柄の生地はもうほとんどでてきません」。

さらに根本さん曰く、現地の水質が変わってきたこともあり、条件を揃えても良質な生地を生み出すことが困難になってきているのだそうだ。さらに英ハダスフィールドのミルは統廃合が激しく、ひとつのミルでいくつもの生地ブランドを生産している状態。これでは差別化もままならない。むしろ日本人職人の手によって尾州で生産された生地のほうが、個性のあるものに仕上がるとも。「それに…」と根本さんは言う。


「ヨーロッパで使われなくなった旧式織機は、ほとんど日本の機屋が買っていったと聞きます。今日本で織られている生地は、研究によって当時のレシピを再現したものなら、レプリカというよりほぼ本物といってもいいのではないでしょうか」。

ヴィンテージテイストは確かにここ数シーズンのトレンドキーワードだが、本物を求める人ばかりではない。むしろ本物を受け継ぐ復刻品は尾州で作られていた。日本で織られる生地が、ますます注目される所以でもある。

Photo:Tatsuya Ozawa, Natsuko Okada
Text:Yasuyuki Ikeda

*価格はすべて、税込です。

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