萎縮ではなく、敬愛

お父さんは生涯現役なのでしょうかと尋ねたら、「工房が似合う人ですからね」とパオロは頬をゆるめた。端からみていても、そう思う。胸を張った姿勢からはいっこう衰えを感じさせない。どうしたってその陰に隠れがちだけれど、パオロの潜在能力も侮れない。

10人の職人を抱える工房の生産能力は日産にして20足弱。シルバノが右腕としてみとめたフェルーチョは10年前に亡くなったそうだが、いまではパオロが立派に代わりを務めている。日本でパオロに注目が集まったきっかけは、イセタンメンズのオファーで完成させたオリジナルだった。引く線一本とっても才気がほとばしっていた。クラシックに軸足をおいたコレクションはむしろ父譲りのアーティスティックな感性が際立っていた。


イセタンメンズを訪れれば、コンサバティブな靴が並ぶコーナーを飽かず眺めている。肌に触れるシャツは手縫いのそれを選ぶが、ジャケットやその他のアイテムはことさら職人の仕事にこだわらない。その靴の新しさは現代っ子のアルティジャーノらしいバランス感覚がもたらしているのだろう。

現在休止しているのはあのガットを手がけることになったからだ。これまたいわずと知れた、ローマの伝説。現当主のヴィンツェンツォ・ガットから引き継いでくれないかと打診があったという。

「クラシックの度合いが大きいわたしのコレクションはガットとかぶってしまう。キャパシティの問題もあった」と休止の理由を説明するパオロに残念がるようなそぶりはなかった。自分の名声よりも、工房の将来を考える。それはもちろん偉大すぎる父の存在を抜きにしては語れないが、萎縮しているようにはみえない。喧嘩は日常茶飯事だよと笑った。


「まわりはみな、父のことをクレイジーだといっていた。しかし子供心にも自分を信じてまっすぐに突き進む背中は格好よくて、頼もしかった。大人になって父がつくる靴を喜んでくれる人が世界中にいると知った。父のもとで働くことは、誇り。歌が好きで、歌手になりたいと思ったことはあるけれど(笑)」

控えめで、エゴの“エ”の字も感じられないのは心の底からにじみ出た敬愛がなせるわざなのだ。

父が切り拓いた世界は素晴らしいものだった。父を超えるのではなく、父が均してくれた道をしっかりと歩んでいきたい--よくできた息子は最後まで親をたてることを忘れなかった。舞台にあがる日は、気長に待つとしよう。

Text:Takegawa Kei
Photo:Suzuki Shimpei

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