2017.02.01 update

【インタビュー】<SILVANO LATTANZI/シルバノ・ラッタンツィ>パオロ・ラッタンツィ|アルティジャーノの原点にして頂点。(1/2)

シルバノ・ラッタンツィは手製靴をアートに昇華し、荒れ果てた職人文化の道にアスファルトを敷いた。これを影になり日向になり支えているのが息子のパオロだ。


「工房の2階が住まいだったから、継ぐことになんの迷いもなかった」
「手仕事が息づいているのは、家族経営を守ってきたからだよ」
「なぜこんなに美しい靴がつくれるのかって。アドリア海に囲まれた自然豊かな土地に暮らしているからさ」

アルティジャーノのインタビューでかならずといっていいほど聞かれるこれらのコメントそのままに生き、ますます意気盛んな男がシルバノ・ラッタンツィだ。当年とって65歳になるシルバノは、いまも工房に立ち、陣頭指揮をとっている。靴職人の家に生まれたシルバノは9歳にして丸ごと一足つくり上げたという。11歳には工房で働きはじめ、長じて道場破りよろしくヨーロッパの名立たる職人のもとを訪れ、プロの生きざまを肌で学んだ。


そうして1971年、20歳の年にみずからの名を冠した工房をひらく。4年後にはすぐれたイタリアン・プロダクトに贈られるクアリタ・イタリアを受賞、徐々に実力は知られるようになり、1992年にローマ、1996年にミラノ、2001年にニューヨーク、そして2016年にはモスクワに店を出すにいたった。

一介の職人のサクセスストーリー。原動力は類いまれで、独創性に富んだ美意識にあった。シルバノは芸術作品のように愛でる楽しみを、靴に与えた。フォルム、パターン、コンストラクション。どれをとってもこれまでの尺度でははかれないけれど、圧巻はまるでキャンバスに描かれた絵画のような美しい色合いだ。


「父はブランドを立ち上げるにあたり、それまで誰もやったことがないようなことをやりたいと考えていた。そこで目をつけたのが色だったのです。世の中には色があふれているのに、なぜ靴は黒と茶しかないんだいって」

このごろでは一足の靴に20以上の色を重ねることも珍しくありません--要の底付けを任されるのみならず、海外のトランクショーも取り仕切る、八面六臂の活躍をみせる息子のパオロはいった

後篇へつづく