大学の陸上部時代に楽しかったこと、苦しかったこと


鵜篭 箱根駅伝は一人が約20キロを走るという過酷なレースですが、陸上部時代の楽しかったこと、苦しかったことを教えてください。

福島 3年のときの予選会に落ちたときは本当につらかったです。予選会は10秒ほどの差で落ちたのですが、その負けた原因の一つが、自分が監督から指示されたタイムより2分ぐらい遅かったからで、箱根に一度も出られずに終わった先輩には本当に申し訳なかったです。1年間、箱根に出るために練習してきて、予選会を通過できず、また翌年に向けて練習するしかないというのもつらかった。

田子 中学は1500メートル専門で、高校では3000メートル障害専門だったので、箱根の20キロは大変でした。大学に入って1年間、長い距離を走るのが苦しかった。「20キロをどうやったら走りきれるか」をずっと考えて、攻略できるようになって楽しくなりました。

鵜篭 ずばり、長く走るコツはなんですか?




田子 それはもう「距離に慣れる」ことですね。自分も20キロを慣れるために、長くゆっくり走って感覚を慣らすようにしました。高校まで中距離だったので、「つま先接地」の走りだったんですが、「お尻や太ももの太い筋肉を使って走る」着地を意識して走るようになり、フォームもかなり変わりました。

青野 僕は大学時代はケガが多くて、何度も心が折れそうになりましたが、同期が仲が良かったので、苦しいときに乗り越えられました。4年の春にケガが治って、予選会を3番で通過して3年ぶりに出場。本当は6区だったんですが、わがままをいって、自分の地元を走る10区にしてもらいました。結果はダメでしたが、地元の人の応援の声は届いて、4年で初めての箱根に悔いはなかったです。ゴールしたときは「陸上を続けてきてよかったな」と素直に思いましたね。

田子 自分は6区を2回走りましたが、坂を下っていくと両側から歓声がすごくて、ライブ会場みたいでした。あの声援に包まれると自然とアドレナリンが出てきましたね。

福島 4年のキャプテンのときは9区で、「結果を出してやろう」と意気込みましたが、良い結果を出せずに悔しかったです。あっけなく終わった感じで、もうちょっと上手く走りたかったなと今でも思います。

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