英国の高級紳士靴づくり、その最新形。<GAZIANO&GIRLING/ガジアーノ&ガーリング>を訪ねて。

    1. ハンドメイドの靴づくりを駆使した、既製靴。
    2. 世界一の職人に選ばれた、G&Gビスポークの担い手。
高級既製靴の担い手たちが集まる英国・ノーザンプトンシャーエリア。 新しい存在ながら、卓越した靴づくりで世界的に高い評価を獲得している、 元々ビスポークの靴職人たちによって設立されたこの靴メーカーは、 いまもビスポークの靴づくりを堅持しながら、職人がつくる既製靴を追求する。


アウトソールのエッジを、手で削って形を整えていく作業。多くの工場で機械を使って行われる作業が、ここでは手作業で行われている。


ハンドメイドの靴づくりを駆使した、既製靴。



今年1月にはチャールズ皇太子の御用達にもなり、名実ともに最高級と認められたガジアーノ&ガーリング(以下G&G)。そのクオリティの秘密を探るべく、まず「一体どの工程が他ブランドとの差をつける特別なものなのか」と率直な質問をぶつけてみた。

すると46歳の働き盛りの経営者、トニー・ガジアーノ氏は、「これが特別という工程はありません。全ての工程が大切で、各工程で熟練職人がわずかな手間や気遣いを加える。その積み重ねが、大きな差となって仕上がりに表れるのだと思います」と、微笑みを浮かべながら、穏やかに語るのだった。

結局最高級品をつくる魔法はない。ただ、トニーが〝特別はない〞と言ったのは謙遜だ。最初にタネ明かしをしてしまうと、G&Gでは今もビスポーク由来の昔ながらのやり方で丹念に靴をつくっている。つまり全工程が特別なのだ。

「まず素材が違います。ビスポークでしか使わない最高級革。一部の例外を除いて、うちでは人工的なコーティングをした革は一切使いません。もちろんカッティングは全て職人の手で行います」

工場に足を踏み入れると、機械の騒音が少ないことに気づく。なぜなら高級靴の工程は手作業が主だからだ。この裁断室でも耳にするのは、熟練職人のダレンが気合いとともに「シュー、シュー」と手際良く革を切る音だけだ。

続く縫製の工程も手縫いが主流で、機械音はない。この部屋で見かけたのは40年以上も前の穴飾りを入れるパンチングの機械。伸縮性の高い高級革に正確な穴飾りを入れるには人間の微妙な手加減が不可欠だ。オートメーション化された機械では対応できないそう。


アッパー用の革をハンドクリッキングしている様子。革のコンディションをチェックしながら、流麗なナイフ運びで切り出していた。


表面についた水がすっと吸収されてしまうほどの透過性は良質な革の証。そして革は良い香りを放っていた。


ノーザンプトンシャー、ケタリングにあるG&Gの社屋。中には既製靴のファクトリーとビスポークの工房がある。


ブローギングの穴をひとつひとつ空けるマシン。40年以上前のものという。操作にはスキルも必要とされる。


アッパーの縫製工程。ひとりの職人が多種の作業を行いやすいようになっている。



ロマンティックな姿勢が生み出す美しさ。

最高級の素材を扱うG&Gには、こうした古き良き時代に活躍した年代モノの機械がいくつかある。

「この底付けの機械はもう博物館にしかないでしょう。ひとつの機械を動かすために3台購入しました。部品を作っていないからです。3台をひとつに組み直して、使っています」

一見古くは見えないが、この機械は70年モノ。これを使ってアッパーをラストにつり込む工場は現在G&Gだけだ。

「最近の靴工場では貼り付け、つり込み、釘打ちまでの底付け工程をひとつの機械で行うのが普通ですが、うちでは3種の旧式機械を使い、それぞれ独自の工程としています」

この丁寧さ。効率と利益を優先する現代の経営感覚からすれば、手づくりにこだわり「ソウル(魂)やオーラ」という言葉で自社製品を語るトニーの感性は前時代的かも知れない。だがそれはロマンティックでもある。そしてこの靴づくりへの姿勢があってこそ、G&Gのあの美靴が生まれるのだ。

「古い靴づくりの工程にこだわるということに加えて、もうひとつ私が大切だと思うのは、できるだけ少人数で靴をつくるということです。通常の工場ではひとつの工程に一人という配置ですが、ここでは一人の職人が4〜5工程を受け持ちます。例えばこの底付けの工程は熟練のリチャードが一人で、カウンターを丁寧にスカイピングするところから、4つの工程を担当します。靴づくりは流れが重要、そして人が増えるとそれだけクオリティに対する基準も多様化して、仕上がりのこだわりを薄めてしまうのです」

こうして愛情と表現するしかない深い関心と、現代では愚直ともいえる手間をかけつくられるG&Gの靴。なるほど同様の技法と工程でつくるから、既製靴であっても、人間の手づくりでしか得られない曲線と光沢で彩られたビスポーク靴と同じオーラを纏うのである。

各工程で熟練職人が手間や気遣いを加える。その積み重ねが、仕上がりの差となる。


踵部分に入れるヒールカウンター(月型芯)と、それを削る様子。G&Gでは革から削ってつくっている。



創業者であり現経営者のトニー・ガジアーノ氏。もともとビスポークの靴職人だった彼は、同じく靴職人のディーン・ガーリング氏とともにG&Gをスタートした。
 

底付けの工程にはさまざまな機械が並んでいる。
 

アッパーを木型に形づける工程。革を引っ張った後、釘で固定していく。革の質や場所によって、繊細な力加減が必要という。

これが70年モノのマシン。つま先部分をつり込むトウラスターで、針金によってアッパーと木型を固定する。写真のように細かな調整をしながらの作業が必要だが、このマシンでしか実現しない仕上がりがあるという。


色付けや仕上げもその多くが手作業で行われている。革本来の風合いを活かしたものが多いが、最近では染めたり色付けをしていく場合もある。



世界一の職人に選ばれた、G&Gビスポークの担い手。




ラストメイキングの作業を行うダニエル・ウィガン氏。北欧出身らしいスマートな長身だ。


190センチの長身で赤い巻き毛を無造作にかき上げながらのんびりと喋る髭の男、ダニエル・ウィガン氏は、物腰柔らかい青年で、どこか詩人のような雰囲気がある。2019年の靴づくり世界チャンピオンは、「ビスポークは非常に人間的なんです」と語り始めた。

「顧客一人一人にこだわりがある。ある人は靴自体にこだわり、またある人は履いてみて自分の服との相性にこだわる。ある人はとにかく形にこだわり、ある人は革に異常にこだわる。ビスポークというのはそういう顧客のこだわりに対応するもので、靴、そして足を通じて人間を学ぶという側面があります」

では、そうしたさまざまな個性に対応する靴づくりには、どの工程が重要になるのだろうか。

「やはりラストです。その中でもボトム(靴底)づくりがとても大切ですね。一番体重がかかるところで、材質も一番堅く、つくり直しができない。つまり、ここがしっかりフィットしないと履き心地の良い靴はつくれないというわけです。逆に柔らかい材質でつくるアッパーはしっかり計測できていればほぼ問題ないし、フィッティングの段階でも修整しやすく、融通が効くんです」

良い靴の条件は〝まず履き着心地〞というダニエル。どんなに美しい靴をつくっても履いてもらえなければ意味がないという。そんな履き心地の基準は国によっても変わるらしい。

「日本人はタイトな履き心地を好みますね。なぜなら日本人の足は総じて柔らかいから。だから少し窮屈な方が〝フィットしてる〞という感覚で心地良いのでしょう。対して西洋人にはゴツゴツとした骨っぽい足が多く、少し緩めのフィッティングを好みます。ビスポークのこういうところもおもしろい」

世界一の靴をつくった美意識に加え、ビスポークならではの顧客との触れ合いに喜びを見出すダニエル。G&Gのアート性の高い社風にもぴったり一致し、今後もこの優しくスリムな赤毛の大男がビスポークの最高峰をリードしていくのは間違いない。


採寸シートの上に置かれた、顧客の足にあわせつくられた木型。削ったり、革を貼ったりして形づくられる。


ビスポークの靴づくりの道具。さまざまな工程やディテールにあわせた道具がある。


<ガジアーノ&ガーリング>ビスポーク工房のメンバー。英国のビスポークの靴づくりではラストづくり(ラストメイキング)や革の切り出し(クリッキング)、アッパーの縫製(クロージング)、底付け(ボトムメイキング)と分業して靴づくりが行われている。最近日本から熟練職人が仲間入りした。


木型が顧客の足と合っているか確認するための仮縫い用の靴(トライオン)。踵やつま先を切って履いてもらい、靴の中の足の様子も確認する。



イベント情報
<ガジアーノ&ガーリング>パターンオーダー会
□9月14日(土)・15日(日)
□本館5階=催物場
*トニー・ガジアーノ氏、ダニエル・ウィガン氏来店予定

Photo:Haruko Tomioka
Text:Masatoshi Mori

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