【第10回】MAISON de HIROAN/メゾン ド ヒロアン

長谷川博司氏は、東京の下町で112年続く革小物工房の3代目。自らも職人として腕をふるい、祖父の代からの伝統を守りながら、受け継いだ技術を進化させてきた。そのこだわりは“芸術”の域に達している。


長谷川博司

革包司 博庵 会長
はせがわ ひろし●高校卒業後、家業である革小物メーカーの長谷川製作所に入社。2000年に博庵として独立し、直系の3代目を引き継ぐ。同年、これまでに培った技を開花させるべく、自らのブランドを始動する。


縁のコバが美しい、メゾン ド ヒロアンのミニ二つ折財布と長財布。“ベタ貼り”と呼ばれる手法を採用することで、“薄つくり”を実現している。長財布には上質なトカゲ革を使用していて、使い込むほどに味わいが増す。ミニ二つ折財布 24,840円、小銭入れ付長財布 46,440円

祖父の代から受け継ぐ伝統を守り、革新に挑む


メゾン ド ヒロアンのルーツは、長谷川博司氏の祖父が1906年(明治39年)に創業した袋物屋。以来、1世紀以上にわたり、紳士用の革小物を専門に製作している。先代の父には職人になる必要はないと言われたが、幼いころからものづくりが好きだった長谷川氏は、高校卒業後に迷うことなく職人の道に進んだという。

技術の習得は、ほぼ独学。誰にも教わらず、技術の研鑽に努めてきた。奇をてらうことなく、オーソドックスでありながら質感を徹底的に重視する。そんな長谷川氏の原動力となっているのが、“ いいものをつくりたい”という純粋な思いだ。


東京・蔵前にあるメゾン ド ヒロアンを生み出す、革小物工房「革包司 博庵」。現在8名がここで働き、職人を目指す若者にも積極的に門戸を開いている。

たとえば、コバ(革の裁断面)の“ミガキ”。一般的な革小物は、コバに塗料を塗って仕上げる場合がほとんどだが、メゾン ドヒロアンでは染料で着色後、指先に巻き付けた布で繰り返し磨く、昔ながらの手法にこだわっている。その結果、コバ先は丸みを帯び、美しい光沢が出るのだが、多大な労力を要するため、製造工程の効率化を優先する現代では、世界的にも稀な加工法になってしまっている。


.メゾン ド ヒロアンが得意とするコバの“磨き”。革の断面に水分と熱を加えることで、革の中のコラーゲン成分が凝固し、透明な光沢が生まれる。また、剥離などのない耐久性の高いものに仕上がるのも特徴だ。

一方、ヨーロッパのトップメゾンも欲しがる独自の技術もある。2枚の革を貼り合わせる“ベタ貼り”という製法だ。折り曲げても裏地がたわまないため、一枚革と錯覚してしまいそうだが、繊維方向の違う革が互いに引っ張り合うことで、形状記憶素材のような性質をもち、極薄なのに驚くほどの堅牢度を備える。この技術の開発のため、長谷川氏は試行錯誤を繰り返し、納得のゆくものができあがるまでに15年以上の年月を費やした。


0.5ミリに梳いた極薄の革を貼り合わせる“ベタ貼り”。高度な技術を要するため、この加工ができるのは工房で3人だけ。メゾン ド ヒロアンではほとんどの製品に全面、もしくは必要部分に“ベタ貼り”加工を施している。

実は、長谷川氏は3人兄弟の末っ子で、実家は兄が継いでいる。当初は、一緒に働いていたが、1980年代後半から安価な中国製品が市場を席巻。時代の流れに対応すべく、国内から海外に生産拠点を移すことになったのをきっかけに独立し、自らの名を冠したブランドを立ち上げた。社名にある“革包司”とは、財布屋という意味。あえて横文字は使わず、日本人としてのアイデンティティを込めたのは、欧米に引けを取らない技術と美意識で勝負する、長谷川氏ならではのこだわりだ。


コバに額縁をつくるためのネン鏝ごてと呼ばれる自作の道具で、ネン引きをしていく。

「道具の創造こそが優秀といわれる職人の力なり」とは創業者である祖父の言葉。その教えに従い、完成度を高めるために必要な道具はすべて自前で用意する。材料も、出来合いのものを使うのではなく、特注が当たり前。その分、手間もコストもかさむが、よいものをつくるために、そこに妥協は許さない。“紳士物の財布は、総合芸術”――その矜持が長谷川氏のぶれないものづくりを支えている。

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