2016.02.21 update

【インタビュー】<stefano bemel/ステファノ・ベーメル>2代目当主 トマゾ・メラーニ|不世出の靴職人を継ぐ人々

靴好きなら知らぬ人はいない、アルティジャーノ。惜しまれつつ48歳という若さで亡くなったステファノ・ベーメルの遺志は、かれの妻と右腕だったふたりの職人、そして70年の歴史がある皮革学校の当主に受け継がれた。


足に吸いつく履き心地をはじめて教えてくれた既製靴は、ステファノ・ベーメルだった。工房をかまえてわずか10年あまりでイタリア屈指の洒落者、フランコ・ミヌッチに認められ、一級の工芸品のみが集うDAギャラリーに永久展示された新進気鋭の実力をまざまざと思い知らされた。修理の仕事をこなしつつ、店を閉めると靴職人のもとにかよう下積みの時代。人の何倍も木型を削り、フォルムのなんたるかを身体に叩き込み、天才アルティジャーノと称された男は伊達ではないと感じ入った。

2012年7月28日。努力を積み重ねた末の栄光は自身の死によってあっけなく過去のものとなろうとしていた。しかしまさにその扉がしまる瞬間、片足を滑り込ませた男がいた。スクオーラ・デル・クオイオという皮革学校の直系であるトム・マーゾだった。


「少々長くなりますが、昔話をしましょう。ステファノはわたしが大学生だったころにはすでに有名人だった。革が身近にあったわたしにとってずっと気になる存在でした。がぜん興味がわいたのが、俳優のダニエル・デイ・ルイスが修業していると聞きつけてからです。若いころに映画の世界に惹かれたのもあって、ダニエルが徹底した役づくりをすることは知っていました。ストイックに自分と向き合うところでふたつの仕事は相似するんですね。あらためて靴職人に敬意をおぼえました」

そのうち体調が良くないという噂が耳に入るようになる。亡くなったのを報せたのは、新聞の訃報欄だった。

「わたしになにかできないだろうかと考えました。それからほどなくして、ステファノの奥さん、クリスティーナとそこで働くふたりの日本人と話し合う機会がもうけられました。かれの情熱にピリオドを打ちたくないという意見でわれわれは一致し、その名を後世に残す選択をしたのです」


ステファノが笑っている

トマゾ・メラーニは翌年の春にベーメル社の代表につき、自分なりのアプローチを試みた。まず着手したのが工房の移転、拡充だった。それはアウトワーカーをひとつ屋根の下に集め、生産能力と品質を向上させるためだった。立て続けにスクールの開講にも踏み切った。

「技術の継承はもっとも大切なミッションでした。工房の充実には人材が欠かせませんからね。おかげさまでスクールは盛況で、15年時点で17年の募集をはじめたほど。手取り足取り教え、おなじ時間を過ごした生徒はすんなりと溶け込めます。ステファノの時代、3人だった現場は見習い含めて8人に」

そのような態勢を築くことができたのは、ステファノの薫陶を受けた坂東雅子と井俣久美子という腕利きの職人がいたからだった。トマゾ・メラーニとの会合で、クリスティーナとともに同席したのがこのふたりである。

「ディテールにまで繊細な注意を払って仕上げていくマサコもクミコもその手並みには舌を巻くばかりです。いっぽうで、すっかりフィオレンティーナになった彼女たちはわたしへの理解がある。引っ越しには反対されましたが(笑)、そのあとはとてもいい関係になりました」


土台を固めると今度はコレクションにもメスを入れた。

「ステファノが遺した4つの木型に2つ、加えました。トランクショーで世界を飛び回るなかで足りないと感じていたものです。ファッションではなく、足の形状という観点において。クリスティーナとともにつくり上げました」

わたしが履きたかったんですといってみせてくれたのは、ステファノの時代には存在しなかったダブルモンクだった。黒の靴をつくらず、コラーレ(牛の首の革)などの希少な革をつかい、革の魔術師と謳われたステファノの美学をまもりつつ、ほんの少し好みを入れる。


ステファノは天国でどう思っているだろうかと水を向けたら、「職人の育成はかれも生前いっていたこと。喜んでくれていると思います」とトマゾ・メラーニの物言いはどこまでも控えめなのだった。

ステファノ・ベーメルの名前があれば、もっと手広い商売、たとえばマシンメイドのファクトリーで量産して一儲けすることもできただろう。ステファノが培ったフィロソフィへのオマージュを忘れないトム・マーゾに不満のあろうはずがない。そもそもステファノと苦楽をともにした職人が生き生きと働いているのだ。振り仰いだ雲の隙き間から笑っているステファノがみえた気がした。

左から、井俣久美子さん、トマゾ・メラーニさん、中村良枝バイヤー


トマゾ・メラーニ

1973年、フィレンツェ生まれ。フィレンツェ大学では経済を専攻し、祖父が立ち上げた地元の革細工工房「スクオーラ・デル・クオイオ」に1998年より勤務。
2012年7月のステファノ・ベーメル逝去後、彼の意志を引き継ぎ2013年3月にCEOに就任。


Text:Takegawa Kei
Photo:Ozawa Tatsuya

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