2015.10.26 update

【インタビュー】フェデリコ・チェスキ|高貴な男たちが生む、<N.H.SARTORIA/N.H.サルトリア>の虚飾無縁なスーツ


すくなくとも紳士の記号であるスーツについて語るとき、なんの変哲もない、は最高の褒め言葉である。スーツとは着手に寄り添う存在であるべきで、まちがっても主張があってはならない。そして、己を信じる人間が虚勢などというものと無縁なように、そのスーツは圧巻の完成度を誇る。またたく間にヨーロッパの目利きを虜にしたN.H サルトリアがアジアではじめて全貌をあらわす。
あのカラチェニと並び称されたマスターテーラー、ドミニコ・ポンピーノ。カラチェニといえばアルティジャーノ文化を体系化した伝説のテーラーである。仕立て職人の聖典といわれる書物を発表し、分家はカラチェニの前にファーストネームを入れるべし、という判決を裁判所が出した、字句通りの伝説。そんな時代、そんな一族と双璧をなす存在でありながら、ドミニコの名がさほど日本で馴染みがないのは、腕を買われ、1970年代にクチュールブランドに買収されたからだ。
 


「ドミニコと出会ったのは、わたしもセールスディレクターとして9年在籍したくだんのクチュールブランドの時代。非の打ちどころのないモノづくりもさることながら、気品あふれる人柄の虜になってしまった。そうして2003年、N.H サルトリアを立ち上げました」

イタリアの服職業界では知らぬ人はいないやり手にして屈指の洒落者、フェデリコ・チェスキはほとんど一目惚れに近い感じでドミニコとタッグを組む決意をした。

「オンリー・パッションーーそれしかありませんでした。たしかにそれなりの名声は得ていましたが、そろそろ自分のために納得のいくモノづくりがしてみたくなった。ドミニコとならその夢が叶えられると思ったのです」

 

N.H サルトリアをスタートさせるにあたり、フェデリコは“革新”というお題を用意する。ドミニコが出した答えはアンラインドだった。

 


「アンラインドと聞いたわたしははじめ、ピンと来なかった。できあがったサンプルに袖をとおして、あさはかな感想を恥じました。人工繊維をつかわないそのスーツはあらためてウールが呼吸することを教えてくれましたが、脱帽せざるを得なかったのは本来アンラインドが苦手とするはずの保型能力です。秘密は、通常の倍は採っていたユニークな見返し(表地を巻き込む仕様)にありました。しかし、わたしをもっとも感動させたのは、裏地を取り去ることであらわになった職人仕事の美しさでした。裏地とは着心地や保型の役割以上に、裏方の作業を隠す緞帳のようなものだったんじゃないかと思われるほどでした」



これを完全無比な領域へと押し上げるのが、ドミニコのお眼鏡に叶った粒ぞろいのアウトワーカーおよそ20人、フェデリコみずから生地屋をまわってつくりあげる服地だ。

「細番手の糸のなめらかな手触りにはだれもがうっとりしますが、極端に細い糸は仕立て映えしないし、長持ちもしない。なんでも細番手、というのはいかがなものか。おなじ理由でブランド名で選ぶということもない。じっさいに無数の服地をみて、触ってたしかめて、着手や着用シーンを踏まえたうえで最高のカップリングを目指します」

 


見逃せないのはいささかも奇を衒っていない、人によっては刺激が足りないと感じるかも知れない佇まいにある。それはタイムレスにエレガントでエフォートレスであることを求めた当然の帰結だ。モダンに対する考え方を「ツイスト程度に」と答える、抑制されたデザインは、結果としてつくりのよさをくっきりと浮かび上がらせる仕掛けであり、ドミニコがいてはじめて可能となった美意識であり、フェデリコの人生そのものだった。

子どものころ、伯父からプレゼントされたのは純金のカラーバーで、わたしの名前が刻まれていました。人目に触れないこんなものにこんなに高価なものを。幼いわたしはなんてばかばかしいんだろうと鼻白みましたが、いつのころからか、そんな奥ゆかしさに惹かれていったのですーーアンダーステートメントが骨の髄までしみ込んでいる、貴族の末裔であるフェデリコはつづけていった。

 


「頭につけたN.HとはNOBIL HOMO、わたしが生まれ育ったヴィンツェンツァの言葉で“高貴な男”という意味です。あの街の人々のあいだでは、N.Hを名前に冠するのはごくありふれた慣習。土地の文化を伝えることにもなりますし、なにより妻が大いに気に入った(笑)」



ところで、マスターテーラーの座を次の世代に譲り、悠々自適の生活を送っているはずの、来年卒寿を祝う予定のドミニコだが、いまもしょっちゅうアトリエにやってくるという。

力強いシェイクハンドにはじまるフェデリコの情熱的なインタビューからもそれはあきらかだったが、高貴な男の生命力はどうやらいつまでも瑞々しい。


Text:Takegawa Kei
Photo:Fujii Taku

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