高いコストパフォーマンスを実現しながら、多くの人が日常的に愛用できるイセタンメンズのオリジナルシューズをつくること。そのプロジェクトを実現する担い手たちの現場を訪ねた。

より快適な、マシンメイドの靴のための木型を追求して。──松田哲弥



靴をつくる際に必要不可欠な木型(ラスト)。今回のISETAN靴博で発表されるオリジナル「デイリー・シューズ」では、この木型から、新たに開発されている。そこで、それらが生み出される現場を訪ね、担い手たちに話を聞いた。


松田哲弥
エスペランサ靴学院を経て、靴メーカーにて5年木型づくりを行い、独立。ウィメンズシューズの木型づくりから開始し、その後メンズの木型も手がけるようになった。マシンメイドの既製靴の木型づくりを行う傍ら、シューズブランドを手がけていたこともある。


シューズブランド『ペルフェット』が生産を担うモデルの、元となる木型づくりを担当したのは、木型職人の松田哲弥氏。松田氏はメンズからウィメンズシューズ、革靴からスニーカーまで幅広く木型づくりを行う、木型専業の製作者である。もとは服づくり志望で、たまたま働いた靴店で靴づくりに出合う。専門学校を経て、メーカーの木型づくりを担当したのち独立。その後20年近く木型づくりに従事してきた。

「底面、ベースをきちんとローリングさせて、内側のボールジョイント(親指の付け根)で押さえる、土踏まずの突き上げもしっかりあって、かかとのホールド感もある。そうしたクラシックな木型の要素を全部入れながら、エレガントに、まっすぐに見える木型をつくりました」

今回自身が手がけた木型を、このように語る松田氏。彼が言うクラシックとは、彼のアトリエにいくつも保管されていた、1950年代〜70年代のアメリカや英国の木型が備えているキャラクターを指す。

「昔の木型は良く出来ています。50年代ぐらいに、既製靴の木型はある程度出来上がったのではないでしょうか。それが80年代以降量産しやすさを求めて変わってしまいました。今は、過去を掘り起こすことが重要と考えています」

さらに松田氏は今回の「デイリー・シューズ」プロジェクトについて、ちゃんとクラシックなものが盛り込まれた木型でつくられた靴を、より多くの人に履いてもらいたかったと、その意図を語った。

取材終盤、松田氏が研究用に制作している木型で、木型づくりの作業を撮影した。アッパーにモカシン(ローファー)のラインを描き、パテを塗っては削り、形をつくっていく。この木型はもう1年以上取り組んでいるものという。

「履いていて足が抜けにくい、モカシン用の木型をつくっています。いつかしっくりと来る形にたどり着けると思って」

その口ぶりにはどこか求道者の響きが感じられた。


松田氏のアトリエのラックに並んでいた木型。メンズやウィメンズ、革靴やスニーカーなど種類も豊富。樹脂製の木型を削ったりパテなどを盛ったりして形をつくる。


アメリカや英国などの古い木型も資料としていくつか保管している。昔は疑問に思った形状も、きれいな履きジワのためと理解できるようになったと語る。

 
 
研究用の木型で作業する様子。このようにモカシン(ローファー)のデザインの線を木型に描き、それにあわせて削っていく。


削りすぎたり、別の形に削り直す場合は、このように表面にパテを盛って、そこからまた削っていく。


今回のイセタンメンズオリジナルシューズのためにつくられた木型。フィッティングの要素を盛り込んでオブリークな形状になりそうなところを、なんとかドレスシューズの雰囲気に仕上げたという。



ビスポークの靴づくりから発展したラストメイキング。──早野唯吾





早野唯吾
日本の靴工房にてハンドメイドの靴づくりに関わった後、木型づくりを学ぶべく渡英。スティーヴン・ロウ氏に師事する。帰国後「Bepoke Shoe Works Yuigo Hayano」をスタートさせる。ビスポーク靴の他、さまざまなショップやブランドの木型を製作している。


先の松田氏が既製靴の木型を製作する木型職人だったのに対して、今回のオリジナルシューズのもう一方の木型を担当しているのは、また異なるバックグラウンドを持つ職人である。早野唯吾氏はラストメイカー、つまり、本来はビスポーク(オーダーメイド)の靴の木型づくりを担う職人。ビスポークシューズの世界、特に英国では、靴づくりは分業で行われることが多い。足に合わせて木型を削るラストメイカー、革を切り出すパターンをつくるパタンナー、切ったアッパーの革を縫製するクローザー、そしてアッパーを木型につり込んでソール(底)づけを行う(ボトム)メイカー、大きく分けて4種の職人がいて、中でもラストメイカーは顧客の足を計測して注文を聞き、それに即して木型づくり他を行う、ビスポークの靴づくりの根幹を担う存在である。早野氏は自身のビスポークの靴づくりの傍ら、そうしたラストメイカーとしての技術やスキルを活かして、既製靴の木型づくりも行なっている。

もともと日本でビスポークの靴づくりを行なっていた早野氏は、木型づくりを修得すべく英国に渡り、当時ロンドン・セントジェームスのビスポーク靴店『ジョン ロブ』のラストメイカーだったスティーヴン・ロウ氏に師事した。そして日本に帰国後、独立した当初から、靴店のパターンオーダー用ハウスラストづくりや、既製靴メーカーの木型も手がけてきた。

「ビスポークでの木型づくりと、既製靴の木型づくりでは、僕なりに向かう先は違うのですが、木型にしていく過程は一緒です」

こう語る早野氏。シデ材の木の塊やラフターンと呼ばれる粗く削られた木型の元型から、ベンチナイフと呼ばれる大型の刃物やファイルなどを使って木型を削り出していく。木型、という名称そのままの、木工の作業だ。

「ビスポークの木型はお客様の足に則してつくられるものなので、不均一で左右差があってもそれはフィッティングの結果でいわば個性でもあり、さらにハンドメイドなら靴のつくりで調整できます。でも既製靴の場合は靴を構成する材料や構造は基準化されたもので、工程も決まっているので、そこを意識してスムースな形状にしています。ただその形や各部の数値には、これまでの顧客との木型づくりの経験が反映されています」


木型の削りを行う早野唯吾氏。既製靴の木型の場合でも、ビスポーク同様のつくり方で削っていく。


木型を削るための各種のヤスリ。キャストスチール(鋳鋼)などを使った古いものを多く使っている。


作業用のベンチ。使いやすいよう早野氏が自作したものという。

シデの木の塊を、ベンチナイフと呼ばれる大型の刃物で削っていく。このように木目の方向を見ながら切ったところの破片が丸まるように削っていく。このベンチナイフも、ヴィンテージの道具。


今回のオリジナルシューズのための木型。メーカー側の意向で、トウをやや長く仕上げている。

 

オリジナルラストから靴を生み出す、「手」の存在感。──PERFETTO/ペルフェット




ペルフェット
千葉・松戸が拠点のシューズメーカーが手がけるオリジナルブランド。さまざまなブランドの靴を手がけてきた経験や技術を活かした、緻密で丁寧な靴づくりで知られている。製法はグッドイヤーウェルテッドが中心。最近は海外進出なども積極的に行なっいる。


先の木型職人たちによってつくられたオリジナルラストをベースとして、木型メーカーによってサイズごとの木型がつくられ、シューズメーカーで実際の靴づくりに使われる。下の写真は松田哲弥氏が製作した木型からつくられた生産用の木型。シューズブランド『ペルフェット』のメーカーであるビナセーコーのファクトリーにて、撮影したものだ。

今回のオリジナルシューズはグッドイヤーウェルテッド製法とマッケイ製法の2種が展開されているが、グッドイヤーウェルテッド製法の3型がペルフェット製である。取材に訪れた際は、別のファクトリーでつり込み作業やウェルトのすくい縫などが行われたアッパーとインソールに、木型を入れて底付けし、仕上げる作業が行われていた。

緻密なつくりや雰囲気で知られるペルフェットの靴。その現場では、熟練した職人たちがいくつかの工程を担当しつつ、時折手作業も交えながら、丁寧な靴づくりが行われていた。

例えばグッドイヤーウェルテッド製法でインソールとアウトソールの間に充填されるコルクは、密度の高い板状のコルクを切ってインソール下に貼り、その後ハンマーを使って手作業でコルク表面を叩き、インソールについたリブなどになじませて隙間をなくしていく。また、アウトソール(本底)の出し縫いは、麻糸に松ヤニをつけた下糸を使って行われ、その後自然に乾燥させて、次の工程へと進められる。

こうした実際の作業の様子からわかったことは、ペルフェットで行われている靴づくりが、きわめてオーセンティックなものであるということだった。大量生産のために単純化することもなく、合理的でありながらも、グッドイヤーウェルテッドの革靴ををつくるのにあたって本来必要とされる工程や作業などはそのまま維持されている。英国ノーザンプトンのシューズメーカーのように長い歴史を持つファクトリーではないが、行われている靴づくりはそれと同様のものだった。

今回のオリジナルの木型を使った靴づくりに関して、ビナセーコーの島村真如氏は「つくる上で特に難しいところはありません。もともと、さまざまな木型での靴づくりを行なってきましたから」と語る。それは、多くのブランドの靴づくりを担ってきた同社の矜持を感じさせる言葉でもあった。


中物として貼ったコルクシートを、ハンマーで叩いている様子。機械ではなく手仕事にすることで適切に加減できる。


左右の形状を確認して同様の状態にしながら、底づけを行なっていく。


ソールのステッチを行なっている様子。チャネル起こししたソールに、細かなステッチ幅で底付けするのは、海外ではハイグレードな仕様である。

ソールのチャネル起こしは、このように手作業でも行われる。


濡らしてサンドペーパーでソールの周りを均していく作業。紙ヤスリの番手を変えながら丁寧に作業していく。


ソールステッチのあとはチャネルを閉じて、さらにハンマーを使い手作業で均していく。


ソールの色付けなど仕上げの作業も手作業で行われる。



新たにつくられた、ふたつのデイリー・シューズ。




ISETAN MEN’S by Perfetto

日々のビジネススタイルで使える、コストパフォーマンスの高い靴を追求した今回の「デイリーシューズ」プロジェクト。数々のブランドの靴を手がけるシューズメーカー、ビナセーコーのオリジナルブランド<ペルフェット>が手がけるイセタンメンズの靴。3万円という抑えた価格設定ながら、グッドイヤーウェルテッド製法を採用したしっかりとしたつくり、オリジナルの木型が生み出すラウンドトウの上品なシルエットが大きな特徴だ。

 
5アイレットの正統派のストレートチップ。使い勝手のいいスタイル。32,400円


つま先のキャップ部にパーフォレーションを配した、エレガントなモデル。32,400円
 
適度なカジュアル感があるプレーンダービー。スタイルを選ばない靴。32,400円
 


ISETAN MEN’S by madras

日本を代表する老舗シューズメーカーのひとつであるマドラスが実現した、2万円という破格値のイセタンメンズオリジナル「デイリーシューズ」。<マドラス>が得意とするマッケイ製法を採用した、軽快な履き心地が魅力。スマートラウンドなトウの木型は、今回のオリジナルのためにモディファイされたものという。ラストの形状を反映させた流麗なシルエットは、製靴技術のクオリティを物語る。アッパーは落ち着いた質感に仕上げられている。

ややロングノーズなストレートチップ。スマートな雰囲気。スワンネック風ステッチ。21,600円


キャップ部とレースステイ部にパーフォレーションが配されたモデル。21,600円
 

スマートなラストシルエットゆえに、どこかエレガントな印象があるプレーントウ。21,600円
 


Photo:Kazuhiro Shiraishi
Text:Yukihiro Sugawara

*価格はすべて、税込です。

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