曖昧さが導く、“目の喜び”のさらに先にある世界観

「大学のとき、恩師である佐藤晃一さんに『グラフィックデザインってなんなんですかね?』って酔っ払いながら訊いてみたんですよ。そうしたら先生は、『そんなの簡単じゃないですか、人の目が喜ぶものをつくることですよ』って。それが自分たちの仕事で、自分がやろうとしていること。だから、その“喜ばせ方”を常に考えているんだ、と」

「それだ!」とばかりに腑に落ちた恩師の言葉が、なぜか独立を意識したときに急に思い出されたという安田さん。

「グラフィックデザイナーとしての仕事で有名になるのもいいけど、グラフィックアーテイストとして、自分の作品が人の眼にどう見えるのか、人の目の前で何が起こせるのか──始めるなら今しかない思ったんです」


30歳を目前に、独立。フリーでの仕事と並行し、「いいものができたので観てください」ではなく、「今何を考えているのか、発表するならこんなカタチです」という表現を、定期的にアーカイブしていく作業としての“個展”を開始した。

「年1回、40歳になるまで10年継続してやっていこうと決めています。アートを生業にしている人たちをリスペクトしているので、アーティストだとは名乗らないようにしているんです。僕はグラフィックデザイナーだから、グラフィックアートを作っています、と。デザイナーなのに、10年間にわたって強制的に作品を作ってアーカイブしてる人って、他に聞いたことがありません。実験的なプロジェクトではありますけど、10年後に俯瞰して見たとき、自分自身に対しても、グラフィック業界に対しても、なにかしら見えてくるものがあるんじゃないかと思っています」


そして今回、「ART UP」でフィーチャーされる安田さんの作品展「EMERGING」は、2017年に中目黒VOILLDで行われた3回目の個展「EMERGE」(「浮かび上がる」の意)の手法や世界観を、さらに進化させたものだという。

「基本的に僕の個展は、以前の手法を踏襲しないようにしています。でも今回は、これまでの個展のなかでもう一歩昇華したいと考えたものを追求したかった。『EMERGE』でチャレンジできなかったマテリアルを使うなど、さらなるブラッシュアップをすることで新しい世界観を生み出すための試みなんです」

そして元々「EMERGE」は、安田さんも招待作家として作品参加したソウル国際タイポグラフィービエンナーレ「TYPOJANCHI2017」のテーマであった、“PHYSICAL(身体)”が着想源なのだとか。

TYPOJANCHI 2017 ©YASUDA TAKAHIRO


「こんなデジタル全盛の時代に“フィジカル”がテーマというのが、逆に面白いなと思いました。だったらもう一歩進んで、フィジカルを一切使わなくなったときに出てくるカタチってなんだろうと考えたんです。テクノロジーが進化して文字すら必要なくなったとき、タイポグラフィーに未練があるデザイナーなら、どんな書体を生み出すのか? その答えが、『モアレによるドローイング』というアイデアでした」



モアレとは、規則正しい繰り返し模様を重ね合わせた時に、それらの周期のズレによって視覚的に発生する縞模様のこと。

「あるはずのない形がモアレにより浮かび上がり、それが文字に見えるような感覚。そんな考え方から生まれた手法をシリーズ化しようと狙ったのが、『EMERGE』でした」

「EMERGE」から2年。この手法は、さらなる進化とレベルアップを遂げる。


「今回は、“曖昧さ”の奥行きを伝えたいと思っています。作品のなかに見えるカタチは、すごく曖昧です。明確な線は見えるけど、なんの形はよく分からない。でも人間って、文字じゃないか、人じゃないか、風景じゃないかって、何が描いてあるのか反射的に考えてしまうんですよね。よくよく考えるとこの曖昧っていう言葉って、スゴイ素敵だなと(笑)。良くも悪くも曖昧さこそ、人間に残された最後の遊びの部分というか……優しい部分な気がしたんです。具体的に描かないことで、逆に誰かの記憶を呼び起こすかもしれない。『昔飼っていた犬の後ろ姿だ!』とかね。だとすると、僕にとっての曖昧さは、ある特定の人にとって海馬をえぐられるような強烈なイメージに代わるんです。それってある種の、“目の喜び”のさらに先にある世界観だと思いませんか? ただ単純に、曖昧という言葉に刺激を受けているだけかもしれないですけどね(笑)」

「サンプリングやコラージュが大の苦手」という安田さんの発想は、その表現方法にも負けず劣らずユニークだ。山手線の網棚に置かれたお菓子の袋も、汚れの付着したバスルームの鏡も、無為に見過ごされがちな日常の風景が、人知れず稀代のグラフィックアーティストにとっての重要なトリガーとなっている。

「EMERGING」の作品群が描き出す、考える余白のある曖昧さによって、きっと我々の目も大いに喜ばせてもらえるはずだ。果たして自分には、一体どんなイメージが見えてくるのだろうか?

イベント情報

「EMERGING」

□7月10日(水)〜7月30日(火)
□メンズ館2階=メンズクリエーターズ/アートアップ


Text:Hasegawa Junya(america)
Photo:TAGAWA YUTARO(CEKAI)

お問い合わせ
メンズ館2階=メンズクリエーターズ
03-3352-1111(大代表)