メンズ館常駐テーラーが手がける「メイド トゥ メジャー」の先にあるもの

伊勢丹新宿店メンズ館5階=メイド トゥ メジャーは、国内外の有名テーラー&サルトリアが一堂に会するフロア。本来は孤高なる存在のブランドを一度に見比べることができる場所は、世界中探してもうそうは無い。ここに今春、新たなネームが加わる。ブランド名は<ラ・スカーラ>。テーラーの名は山口信人。彼はここ伊勢丹新宿店に勤務する一社員である。


三越伊勢丹には様々な経歴の社員がいるが、こと山口信人は異色である。入社9年目の彼はれっきとした伊勢丹の社員でありながら、仕立て職人としての顔をもつ。メンズ館4階には彼の工房があり、ここで普段は一日黙々とハサミと針を使っている。彼の経歴については、過去記事にも紹介しているので、ここでは割愛させて頂くが、時間があればぜひとも読んでほしい。

筆者が山口と初めて出会ったのは、10年ほど前のこと。イタリアから来日した某大物デザイナーを取材する際、当日何かの手違いで通訳が不在となり、慌ててイタリア語が話せる人物を探したところ、同じフロアのお直し工房にいた山口が「挨拶程度ですが」と名乗り出てくれた。お蔭で英語が苦手な大物デザイナー氏は終始上機嫌で、取材は大成功を納めたことからも彼のイタリア語が十分なレベルにあったことは想像に足る。「今では、もうすこし上手く喋れます」と苦笑いする彼が目の前にいる。


丸縫いできる技術があることは当時から聞いていた。「ミラノに住んでいた事がある」とも。やがて人づてに口コミで注文が入るようになったとも記事で読んだ。写真を見る限り、ナポリ風の仕立てと見受けられが、どうやら仕事の休みを利用して足繁くナポリに通っていたらしい。やがて良質な客もついて軌道に乗った。この春からは山口のたっての願いを聞いてくれる縫製工場が見つかったことからメイド・トゥ・メジャー(以下MTM)が始まる。


メイド トゥ メジャー スーツ仕立て上がり 106,920円から
*写真のモデルは、248,400円から
*お渡し:約5週間後

サイズゲージは40から72までと広く、生地は伊勢丹メンズが所有するすべての生地を使うことができる。個人の注文数で工場に縫製を依頼すれば工賃は高額になるが、伊勢丹ならスケールメリットも利用できる。百貨店内のテーラーリングコーナーは、個人店のテーラーより敷居が低いこともまた、山口の名を売りだすのに効率的だろう。彼のスーツはビスポークで33万円から。しかしMTMなら9万9000円(税抜)からスタートできる。より多くのオーダースーツを探しに着た人に選ばれる機会を増やすこととなるはずだ。

ブランドが知られるようになったら、次はどうしたい?と尋ねると、「人を育てたい」と山口は言った。テーラーとして80歳まで現役を貫いたとしても、せいぜい10人の弟子を育てることしかできないだろう、とも。しかし伊勢丹という環境がれば、テーラーを目指す弟子だけでなく、多くの人に影響を与え、また育てられる可能性がある。服が売れ、名が知られ、人が集まり、人が育つ。この環境で成功することで、日本人テーラーをもっと世に送り出したいのだという。「独立」と言い出すものと思っていたので少々面を食らった。


メイド トゥ メジャー スーツ仕立て上がり 106,920円から
*写真のモデルは、253,800円から
*お渡し:約5週間後

「くやしい」とも言っていた。日本人職人の繊細な手仕事は、もっと世界的に評価されるべきだと。インポートブランドばかり評価されるが、海外の工房でもっとも繊細な仕事ができる針子は、間違いなく日本人である。日本人が一番、日本人テーラーを正しく評価していないという思いもあるようだ。

確かにイタリアの工房を取材すると、隅の方にこっそり東洋人がいて「日本人の方ですか?」と声をかけると笑顔で応えてくれる。就労ビザや賃金の壁に阻まれて長期で勤めることは難しいのだがが、それでも欧米人より遥かに細かい仕事ができる手持つことをイタリア人も知っている。山口は自分の作品を手に何度もナポリへ通い、師匠と仰ぐサルトに見てもらっていたのだという。


一社員がつくるブランドを売る百貨店は聞いたことが無い。そもそも百貨店のビジネスモデルからして外れているだろう。前代未聞の体裁だが、それを許した伊勢丹と彼を支えた人たちには敬意を評したい。そして、この「伊勢丹発」かつ「伊勢丹初」となるブランドが、大切に育てられることを願ってやまない。LA SCALA/ラ・スカーラ、「階段」を意味するブランド名は、また一段歩みを進めたのだから。

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Text:Yasuyuki Ikeda
Photo:Shimpei Suzuki

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メンズ館5階=メイド トゥ メジャー
03-3352-1111(大代表)