【インタビュー】<B&TAILOR>パク・ジョンユル|クラシコ・アジアを牽引するチェゴの親子鷹(1/2)

いまメンズ業界で囁かれる「クラシコ・アジア」。その中心地は東京、香港、ソウルのいずれかだろうか。オーダースーツのブームに湧き、テーラーとアパレルが群雄割拠する東京。アーモリーのマーク・チョウ氏がNYへの出店を成功させ、世界的なクラシックドレッサーとしても注目を浴びる香港。そして歴代大統領のスーツを手がけた孤高のテーラーが牽引するソウル。その、父と息子がテーラーを務める、光輝燦然たる韓国のファミリーテーラーに話を聞く機会を得た。

イベント情報

<B&Tailor>トランクショー

□2月3日 (土) 11時~7時
□メンズ館4階=インターナショナル ラグジュアリー


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幼少期に両親を亡くしたパク・ジョンユル氏は、16歳のとき地元のテーラーに修行に入った。頑固で厳格で、仕立て服に深い愛情を注ぐ師匠には、手荒な指導を受けながらもたくさんの技術の基礎を学んだという。18歳でソウルに移ると、大統領をはじめ国内VIPのスーツを手がけるヒルトンホテルのビスポークテーラーに入る。腕の良さはすぐに知れ渡り、若いが真面目で実直なテーラーのもとに、客は国内外から絶えず訪れた。やがてその名はソウル市内で知らぬ者のない若き名テーラーとして響き渡る。

「テーラーという仕事は天職だったと思います。なぜテーラーを志したか?そうですね、貧しかった幼い頃、市場で買ったぶかぶかのパンツを親戚に借りたミシンで直して穿いてみたら、近所の人たちからとても褒められたことを覚えています。それがきっかけだったのでしょうか。当時、ミシンは貴重品でしたが、その音を聞いているとなんともいえず幸せな気持ちになれたんです。今の私は、ミシンの神様に導かれたのだと思うのです」


30歳で独立し開いたテーラーの看板は、のちに<B&TAILOR>と改めた。“B”とは韓国の古い言葉で「ボーリョン」といい王様の年齢を差す言葉だという。王様とは顧客の意。主役はお客さまであり、テーラーはその傍らに寄り添うという姿勢を表している。

順風満帆なテーラー人生を歩むジョンユル氏だったが、ふと自分の仕事に疑問を持つ。それは、ようやく見よう見まねで父の仕事を手伝うようになっていた2人の息子たちに、自分の技術を継承しようと思い始めた頃。「ビスポークの本質とは何か」を自問自答するようになったジョンユル氏。真面目な彼らしいといえば、らしい。


「ふと自分の持っている技術は果たして本当に正しい技術なのかと疑問に思ったんです。ソウル市内には何人もビスポークテーラーがいますが、皆それぞれに少しずつ手は違います。自分の技術を信じてはいましたが、他人の技術のほうが正しく優れているかもしれない。それにイタリアやイギリスといったスーツの本場にも、それぞれ独自の技術があるのに私はそれを知らない。それでも息子たちに胸を張ってこれが正解と言えるのだろうか、それを知らずに、この仕事を続けてはいけないと思ったのです」