なぜ今、世界は「独立時計師」に熱狂するのか?【連載第1回】|ウォッチコレクターズ ウィーク 2026
- 07.08 Wed -07.21 Tue
- 伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
毎年恒例の時計の祭典「ウォッチコレクターズウィーク 2026」が、今年も伊勢丹新宿店で開催されます。本稿でフィーチャーするのは、7月8日(水)~7月21日(火)まで本館5階 ウォッチで展開される「独立時計師とスモールメゾンの奥深い世界」。独立時計師や小規模工房が、自らの哲学と技術を注ぎ込んだ時計を紹介する企画です。
いま、こうした作り手の顔が見える時計に、世界の愛好家から熱い視線が注がれています。なぜ、ビッグメゾンとは異なる小さな工房の時計に、これほどまで人は惹きつけられるのでしょうか。その背景には、時計を“ブランド名で選ぶ”だけではない、成熟した価値観の広がりがあります。
本連載では、全3回にわたり、独立時計師とスモールメゾンの奥深い世界を紐解きます。第1回となる今回は、彼らの時計が世界で注目を集めるようになった背景を探ります。
独立時計師とスモールメゾンの奥深い世界
連載記事
・【連載第2回】独立時計の価値を読み解く「3つの文化」とは?
*7月3日(金)午前10:00頃公開予定
・【連載第3回】相反する要素が生む、独立時計の美しいハーモニー
*7月4日(土)午前10:00頃公開予定
世界の時計シーンで高まる、独立時計師への熱視線
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2026年春、ジュネーブで開催された世界最大級の時計見本市「Watches & Wonders(ウォッチズ アンド ワンダーズ)」では、独立時計師やスモールメゾンの存在感が一段と高まりました。大手メゾンの新作発表に注目が集まる一方で、個人の時計師や小規模な工房が生み出す時計にも、世界中のコレクターが強い関心を寄せています。
その潮流は、ここ数年で急に生まれたものではありません。伊勢丹新宿店と日本橋三越本店では、2019年から「インディペンデントウォッチメーカー」というカテゴリーを掲げ、この世界を紹介してきました。まだ一部の愛好家に知られる専門性の高いジャンルと見られていた時期から、その奥行きに着目してきたのです。
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伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ「シェルマン」
この流れを早くから日本に紹介してきたのが、1971年創業のアンティークウォッチ専門店「シェルマン」です。同店は、古い時計をただ販売するのではなく、修理やメンテナンスを重ねながら、次の持ち主へと受け継ぐことに向き合ってきました。名品と呼ばれる時計が、なぜ時代を超えて残るのか。その価値を見続けてきた専門店だからこそ、現代に生まれる独立時計師の作品にも、未来へ残りうる時計としての可能性を見出しているのです。
「シェルマン」が大切にしているのは、単に珍しい時計を集めることではありません。長く付き合えるものか。作り手の姿勢に信頼が置けるか。時計としての完成度だけでなく、人柄や哲学まで含めて、日本のお客さまへ紹介すべき一本かどうかを見ています。だからこそ、「シェルマン」が選ぶ独立時計師の時計には、希少性だけでは語りきれない説得力があります。
時計は「時間を知る道具」から、嗜好品、そしてアートへ
<Sylvain Pinaud/シルヴァン・ピノー>による精緻な機構を備えたアートピースのような一本。
機械式時計が、時間を知るための必需品から別の価値を担う存在へと移っていく大きな転機となったのが、1970年代のクォーツショックでした。高精度で量産に適したクォーツ時計の普及により、機械式時計は実用面で唯一の選択肢ではなくなります。その一方で、歯車が噛み合い、ぜんまいがほどけ、針が進む機構そのものに美を見出す人が増え、機械式時計は嗜好品であり、工芸品であり、ときにはアートピースとして語られる存在へと意味を変えていきました。
もちろん、ビッグメゾンが築き上げてきた時計文化の価値は計り知れません。普遍的なデザイン、安定した品質、圧倒的な工業力、ブランドとしての信頼。それらに敬意を払いながらも、独立時計師の時計にはまた別の楽しみ方があります。一人の時計師、あるいは小さな工房が、自ら信じる理想に向き合って作る時計。そこには、スペックやロゴだけでは測れない、職人によるモノづくりの哲学が宿っています。
“顔が見える”時計づくりが、共感を生む時代へ
独立時計師を代表する人物の一人、<シルヴァン・ピノー>氏の工房での製作風景。
独立時計師への注目が近年加速した背景には、SNSの発達もあります。かつては、遠いヨーロッパの工房で、どのような人物が、どのような環境で時計を作っているのかを知ることは簡単ではありませんでした。しかし今は、時計師自身が製作途中のパーツや作業風景、自身の考えを発信する時代に。顧客やコレクターは、完成した時計だけでなく、一本の時計が生まれるまでの過程にも触れられるようになりました。
その変化は、時計選びの価値観にも影響を与えています。誰もが知るブランドを所有する喜びだけでなく、「この人が作る時計を応援したい」、「この哲学に共感できる」という選び方が広がっているのです。独立時計師やスモールメゾンの時計は、マーケットの平均値から生まれるものではなく、作り手が信じる理想を出発点にしています。だからこそ、時計の細部には、その人の思想や美意識が表れます。
では、そうした“顔が見える”時計づくりとは、具体的にどのようなものなのでしょうか。ここでは、今回の「ウォッチコレクターズウィーク」でも注目したい3つのブランドを通して、その魅力を見ていきます。
精度と造形美を自らの手で実現!
<Sylvain Pinaud/シルヴァン・ピノー>
<シルヴァン・ピノー>
「トゥールビヨン」
*参考商品
□伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
スイスのサント・クロアで活動するシルヴァン・ピノー氏は、理想の精度、すなわちクロノメトリーと、美しい手仕事を突き詰める時計師です。写真の「トゥールビヨン」は、時計の心臓部を回転するケージに収め、重力による精度への影響を平均化するために考案された複雑機構。文字盤上に大胆に開かれたその機構をはじめ、アシンメトリーな表示や、地板、ブリッジの繊細な仕上げが目を引きます。複雑な仕組みをただ見せるのではなく、精度を追求する構造そのものを造形美へと高めている点に、彼の作家性が表れています。
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精度を追求する構造とその造形美も見どころ。
その時計づくりは大規模な生産ラインとはまったく異なります。ひとつの部品、ひとつの仕上げに向き合いながら、自らが考える理想の一本へ近づけていく。効率だけを考えれば選ばないような工程にも時間をかける姿勢こそ、独立時計師という存在を象徴しています。
修復師の視点から時計を製作
<Christian Lass/クリスチャン・ラス>
<クリスチャン・ラス>
「30CT」
*参考商品
□伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
デンマークのクリスチャン・ラス氏は、アンティーク時計の修復で培った知見を背景に持つ時計師です。写真の時計は、一見するととても端正でクラシックな表情をしています。ゆるやかに配されたロゴ、細く伸びるブルースチール針、控えめなスモールセコンド。強い装飾で目を引くのではなく、各要素の均衡によって静かな美しさを生み出している点が印象的。
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一方で、裏側に目を向けると、ムーブメントの設計や仕上げに、修復師としての経験が反映されています。名品の修復に向き合ってきたからこそ、時計が長く時を刻むために何が必要なのかを深く知っている。その視点をもとに、現代の時計づくりへ自身の答えを反映させているのが、<クリスチャン・ラス>の大きな魅力です。
ハンドエングレービングの超絶技巧が見所
<KUDOKE/クドケ>
<クドケ>
「KUDOKE 3 Nocturne」
2,860,000円
SSケース:直径39mm/約46時間パワーリザーブ/3気圧防水/手巻
/世界限定20本
□伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
ドイツの<クドケ>は、時計師ステファン・クドケ氏のもの手仕事を色濃く映すブランドです。ウォッチコレクターズウィークにご紹介の限定品「KUDOKE 3 Nocturne」は、静謐なグレートーンの文字盤に、扇形の時表示とインフィニティを思わせる針を配置。抑制の利いた佇まいのなかに、詩情を感じさせる独自の世界観が表れています。
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ムーブメントを覆う、深く立体的なハンドエングレービング。
マットブラスト仕上げのケースを裏返すと、表側の静かな表情から一転。ムーブメントのブリッジには、下絵を用いず金属へ直接彫り進めるハンドエングレービングが一面に施されています。彫りの深さや陰影には、機械加工による均一な装飾とは異なる力強さがあり、職人の手の動きまでも想像させます。表側の端正さと、裏側に凝縮された濃密な作業。その鮮やかな対比が、<クドケ>ならではの魅力です。
作り手の哲学に共鳴して選ぶ、成熟した時計体験へ
<クドケ>による精密なエングレービングの様子。
独立時計師の時計に惹かれる理由は、希少性だけではありません。精度への探究、手仕事の美しさ、時計に託された思想。そのどこに心を動かされるかを、自分自身の価値観で選べることに、この世界ならではの喜びがあります。
写真では捉えきれない仕上げの深さや、作り手の手跡を感じるには、ぜひ実物を見るのがおすすめです。「ウォッチコレクターズ ウィーク 2026」で、時計師たちが一本に込めた情熱に触れてみてはいかがでしょうか。
次回は、時計の精度や仕上げの精緻さを支える「サヴォアフェール」、彫金やエナメルなど職人の手が生む美を表す「メティエ・ダール」、そして実用品を超えて思想や物語を伝える「オブジェ・ダール」という3つの視点から、独立時計の価値を紐解きます。
独立時計師とスモールメゾンの奥深い世界
連載記事
・【連載第2回】独立時計の価値を読み解く「3つの文化」とは?
*7月3日(金)午前10:00頃公開予定
・【連載第3回】相反する要素が生む、独立時計の美しいハーモニー
*7月4日(土)午前10:00頃公開予定
- 開催期間:7月8日(水)~7月21日(火)
- 開催場所:伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ/インディペンデント ウォッチ メーカーズ
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- 開催期間:7月8日(水)~7月21日(火)
- 開催場所:伊勢丹新宿店 各階
Text:Shinji Hashimoto
制作 STUDIO ALTA
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