2023.11.14 update

【連載】<アクアスキュータム>千坂 光さん「“トレンチコート”との出会いがスタイルの方向性を決定付けました」|メンズ館で出会った○○マニア

伊勢丹新宿店 メンズ館にはマニアックな知識をもつファッショニスタから、ハイセンスなウェルドレッサーまでさまざまなスタイリストがお客さまをお迎えします。しかし誰もがはじめはお洒落の初心者。若い頃、初めて買ったアイテムには並々ならぬこだわりもあるはずです。 

 

今回クローズアップするのはメンズ館7階 メンズオーセンティック アクアスキュータムの店長・千坂 光さん。<ヨウジヤマモト>や<ジュンヤ ワタナベ マン>に夢中だった高校生が”本物”アウターに出会って以来、新品から古着までさまざまなアウターに夢中です。しかも新旧の自由なミックスコーディネートに長けるスペシャリスト。それは一着のトレンチコートに始まります。

  1. 今の自分を導いてくれた一着のトレンチコート 
  2. 目指しているのはコスプレにならないスタイリング
  3. 商品企画も手掛ける店長が抱く未来の夢は意外な職業

 

今の自分を導いてくれた一着のトレンチコート 

 

千坂さんが服に興味をもつようになったのは、高校生の頃。遊び場だった渋谷の街で、<ヨウジヤマモト>や<ジュンヤ ワタナベ マン>といったブランドが気になるようになりました。当時はストリート系ブランド花盛りの時代。しかし、そういった服には興味を示さなかったそうです。むしろモードの源流、ヴィンテージへと興味が移っていきました。

 千坂 光さん
伊勢丹新宿店 メンズ館7階 <アクアスキュータム>
店長


「デザイナーズの服を着れば着るほど、じつはその服にはルーツがあって、遡れば昔のイギリスのミリタリー服だとか、フランスのワークウエアだったことを知るようになりました。大学生になって、地元の古着店でアルバイトをするようになったのも、大好きなブランド服のルーツに触れられるからだったんです。」

 

そこはヴィンテージのデニムやアメカジ系古着のほか、ヨーロッパ系古着も取り扱う大型の古着店。店長はデニム&レザーの大家で、多くの知識と情報を教えていただいたと言います。いまもときどき訪れるその店で、アルバイト時代に買った一着のコートが、アウターレイヤードに長ける今の千坂さんのスタイルを確立します。

 *千坂さんが古着屋のアルバイト時代に購入した<アクアスキュータム>のトレンチコート


「アクアスキュータムのトレンチコートは、すべてのトレンチの源流となったデザイン。当時、好きだった<ヨウジヤマモト>のトレンチコートも、このトレンチをベースに作られたことを知って、ずっと憧れていました。生地は現行品と違って前作のもの。色味が若干ベージュ寄りなところが味がありますよね。取り付けが難しい衿元の鍵フックが1点付けになっているところも、技術力がまだなかった当時らしい仕様です。」

 

 千坂さんのトレンチコートは、現行品にもある定番「キングスウェイ」のヴィンテージ。素材は1959年に誕生した「アクアファイブ」です。現行品はより緑色に近い「ニューアクアファイブ」に改良されていて、衿元を閉じる鍵フックが現行品は2点留めに改良されているなど、細かな違いが見受けられます。それでも階級章を示すエポーレットや右肩のガンパッチ、上襟を留めるスロートタブ、雨水を流すケープ状のアンブレラヨークに深く切り上げた箱ひだのインバーテッドプリーツなどのディテールデザインは、この頃からすでに確立していたトレンチのアイコニックなデザインで、今も多くのブランドが継承しています。

 

目指しているのはコスプレにならないスタイリング

 

大好きなデザイナーズブランドへの深まる興味から手にした一着のトレンチコート。それは大学卒業後の進路にも影響を与えます。就職は当時アクアスを国内で展開していたアパレルメーカー。販売職として1年目から伊勢丹新宿店のスーパーメンズに配属され、いまはフロアを変わって店長に就任しました。 

 

「アクアスキュータムはトレンチコートに始まって、カーコートやステンカラーコート(バルマカーンコート)などアウターに造詣の深いブランドなんです。アクアスキュータムに限らずですが、高円寺の古着屋さんを掘っていると、このファイヤーマンコートはいまの機能に置き換えたらこうなるなとか、このレイルウェイジャケットのディテールは現行品にも使えそうだなとか気付かされることがたくさんあります。そんな興味も手伝って、ありとあらゆるアウターを買い集めました。」

豊富な知識は趣味の古着屋巡りで蓄えたもの。その知見を活かして、現在は新作のアイデアを提案するなど、商品企画にも参画しています。今季のコレクションには、千坂さんが提案したディテールをもつアウターもラインナップされていました。トレンチコートのフード部分に大きなベルクロテープを取り付け、フロントがハイカラーに立ち上がるデザインは千坂さんのアイデアが反映されているそうです。

 

「ワーク、ミリタリー、いろんなヴィンテージを見てきたからこそ提案できる仕様があります。アクアスキュータムではコートのオーダーができるのですが。そんなときも的確なアドバイスができるのは、ありとあらゆるヴィンテージアウターを見てきたからかもしれません。」 

 

 

この日、着ていたジャケットは、ヴィンテージのコックジャケット。ヒッコリーのようなストライプ柄ですが、表面は滑らかな綿布を用いたフランスのワークウェアだそう。 

 

「ヴィンテージアウターを着るときに心がけているのは、コスプレにならないこと。いかにもヴィンテージマニアなスタイルには着たくないので、必ずどこかに新品、現行品をミックスします。今日のスタイリングだとモックネックタートルは英国ブランドの新品です。普段はスーツを着ることもありますし、スーツまでヴィンテージということはないので(笑)」

  

商品企画も手掛ける店長が抱く未来の夢は意外な職業

 

「今日は休日用です」というコックジャケットにトレンチコートをレイヤードしたスタイリングは、ボタンは留めずにベルトを結ぶ着こなしも手慣れたもの。ロガーパンツはブレイシーズで吊り下げて、インのモックネックは英国のデザイナーズブランドの新作を合わせました。足元はエドワードグリーンのタッセルローファーと、なるほどリアルな着こなしに新作とヴィンテージを絶妙にミックスしています。

 

 

ヴィンテージは好きだけど、それを強要するのもされるのも嫌なんです。あくまでも進化してきたという事実があるからこそヴィンテージがいいわけで。現行のアクアスキュータムのコートもヴィンテージと地続きですよね。トレンチの大戦期モデルは肩が凝るほど重くて実用的じゃないです。なぜ今の服になっているのか、技術的に進化してきた理由がわかればこそヴィンテージの良さもわかるのだと思います。」 

  

 「コレクターじゃないので」と笑う千坂さんの自宅クロゼットは服で溢れているというが、じつは千坂さんにはもうひとつの顔があることを、こっそり打ち明けてくれました。それは作家。「まだ卵なので…」と謙遜しながら、じつは学生時代から小説を書き続けているのだそうです。 

 

「洋服を題材にした作品を書いていて、いくつか小さな賞を受賞したこともあるんです。戦時中に着られていた一着の服が、古着として人の手に渡っていく物語はミリタリーウェアが主役の作品として書き上げました。二重人格の主人公が光の加減で2色が浮かび上がるソラーロのスーツを着ている設定も、服に関わる自分らしい作品かなと思います。」

 

受賞歴もある作家の卵は、まだ自分が小説を書いていることを家族にも職場にも伝えていないのだそう。作品は検索してもわからないよう、ペンネームで書いているので作品名も教えてはもらえませんでしたが、いつかメジャーデビューするときは、本名で書くつもりでいるそうです。
 

「ファッションを題材にした小説って、マンガにはあるんですが、小説にはありそうでないんです。いつか小説家として印税生活ができたらいいな、と(笑)。そんな夢もあるんです。」

 

本名もペンネーム風の「千坂 光」。いつかこの名前を書店で目にする日がくるかもしれません。


Photograph:Tatsuya Ozawa
Text:Yasuyuki Ikeda

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