【インタビュー】<TAILOR&CUTTER/テーラー&カッター>有田 一成|近しいメンタリティに知らず引き寄せられた(1/2)

有田一成は海がそばにある街で犬とともに暮らしたくて茅ヶ崎に居を定めた。江の電に乗って向かった先は京割烹の名店との呼び声も高い一平。オンワード樫山の工藤直矢が進行する対談であきらかになったのは、まだ通いはじめた店ながら、店主の武村一平は有田とひじょうに近しい感覚をもっているということだった。

左から<テーラー&カッター>店主 有田一成 、<一平>店主 武村一平 、<オンワード樫山>工藤直矢

 
奥さんがみつけた京の伝統

工藤 一平さんには通い詰めているんですか。
有田 これから馴染みになりたいと思っている店なので、じつは数えるほどです。たしか去年のことですが、奥さんがみつけてきた。一流の割烹料理が手ごろな値段で楽しめて、そしてとにかく落ち着くんです。(この対談の)お話があって、すこし慣れておこうとこっそり顔を出した(笑)。
工藤 落ち着くというのは?
有田 一平には鎌倉ならではのスローな空気があります。一平さん本人も、店も、やってくるお客さんも。藤沢駅からのんびり江の電に揺られていると、いやおうなしに気分が高まります。
武村 茅ヶ崎にお住まいでしたね。当店はことし3年目を迎えるんですが、有田さんのような地元の方の口コミで広がっていった感じです。
工藤 武村さんは京都で修業されたんですよね。
武村 たん熊という老舗です。(うながされて)子どものころから手を動かすのが好きでした。店の看板や箸置きのいくつかは自分でつくっています。そうそう、カウンターに飾っている生け花も。修業時代に学びました。料理をやるなら正統な割烹を、と思いまして。日本人ですしね。父の知人がたん熊と付き合いがあって、その縁で。


工藤 端からみると、かなり厳しそうな世界です。
武村 厳しいなんてものではありません。はじめの何年かはほとんど休みなんてないし、ちょっとでも失敗したら灰皿が飛んでくるし(笑)。振り返れば、これ以上ないほどいい店、いい土地に身をおくことができたと思えるんですが、当時は苦しかった。関東からやってきた人間には風当たりが強い土地だから、なおさら。ところがかれらはあるときからぐっと距離を縮めてくれるんです。損得抜きで助けてくれるし、京都で知り合ったお客さまにはわざわざ鎌倉まで足を運んでくださる方もいらっしゃるんですよ。
工藤 続けられた原動力は?
武村 ほんものの出汁に出合ってしまったことに尽きます。朝堀の筍をはじめて食べたときの感動はいまも忘れられません。筍はほんらいは糠でゆがいてアクをとるんですけど、朝堀はそのまま出汁に入れるんですね。ひっくり返りそうになりました。なにも手を加えない、引き算の料理の凄みを知りました。


工藤 京都にはどのくらい、いらっしゃったんですか。
武村 18年です。
工藤 それは長いですね。
武村 たん熊ではだいたい10年で花板になって、しばらくすると独立するんですが、お客さまをまえにしてカウンターに立つ、というのが怖くて。厨房ならなんなくできることがカチカチになって思うようにならない。自分の店をもつ夢は音をたててしぼみました。
有田 たしかに長いけれど、独立までの時間はいくらあっても困りませんからね。修業時代に足りなくてもがいたのが経験でした。年上の職人にも負けない自信はありましたが、経験の差はあなどれないんです。ところがこれだけは積み重ねるしかない。
工藤 なにが武村さんの背中を押したんですか。
武村 この物件です。一目みて、やってみようって。生まれ育った実家が葉山にあり、地理的な安心感もありました。


工藤 たしか有田さんも2軒目で決めたんですよね。そこらへんは似ているけれど、下積みの時代はずいぶんと違う。有田さんはイギリスのギーブス&ホークスの門を叩きましたが、無給でいいから使ってくれ、なんて殊勝なことをいって潜り込んだのに、2〜3ヵ月もしないうちに社長に賃金交渉していますもんね(笑)。
有田 同僚の倍の仕事をこなすようになっていましたからね。とはいえ直談判したのがスモーキングルームで一服しているときだったのはすこし反省しています(笑)。
工藤 修業が辛かったなんて話は聞きませんが、我が物顔で牛耳ったんですか。
有田 それはない(笑)。目標が明確にあったからですよ。それに経験が不足しているのは痛感していましたからね。人が寝ているときも縫ったけれど、だからちっとも苦じゃなかった。ただ、一平さんに比べればずいぶんと恵まれた環境でした。ギーブスの社長はビザをとりにいくのにも同行してくれる方でした。その日は雨だったんですが、タクシーから降りると先回りして傘をさしてくれた。申請の長い行列をみると、かわりばんこに並ぼうってさっさと最後尾について、キットカットをかじりながら新聞を読みはじめた。ジェントルマンというものを理解した瞬間でした。

Text:Takegawa Kei
Photo:Fujii Taku