人は憧れないモノは買わない。憧れ=クエ鍋論

柴田 そもそも『Cheap Chic』の思想って、今風に言えば「審美眼」を磨くということなのかな。
もっと自分の言葉にすると、「背伸びしないギリギリの範囲で知恵を凝らす」かな。
氾濫する情報やプロダクトにウンザリしているのかもしれないけど、お客さまがファッションを考えることを楽しむ余裕は今なくなってきているのかも知れませんね。

小林 今、ファッションに関わっていて一番切実な問題は、「憧れるモノがない」ということです。
憧れの対象がなく、憧れブランドのプレゼンも弱い。90年代にあったアルマーニやバーキンなどの強烈な熱気がない。だから僕はジーンズを切って縫っているんですよ(笑)。素材を吟味し、出来も良く、世界に一着しかない「一人に一着の贅沢感」に憧れる。

今の時代は、横の繋がりがないSNSの時代なので、正直分かりませんが、令和元年に憧れの塊(かたまり)を提案してほしいし、自分は憧れを作る側でいたいし、その反面アンチ側も言い続けていたい。人は、憧れないモノは買わないですよ。


柴田 確かに!今の時代、アウトプットされるものが多すぎて、あっという間に消化不良になりますよね(笑)。
そして、余韻を楽しむ間もなく次の波が来る。「なぜ、今、これなのか」ってゆっくりと考える時間がない。だから永続的な憧れが醸成される時間が足りない。

小林 その憧れのことをよく話すんですが、自分の結論は「クエ鍋」です(笑)。
クエはいつどこで採れるかわからない鍋にしたら超絶美味な深海魚。フグの品格に野性味をプラスした様なその幻の味を求め、和歌山だ!長崎だ!と言われれば箸を持って駆け付けたい。そんな思いまでして得た一椀は、何物にも代え難い味であることを、僕は知っています。
気持ちと体で常に受け止める準備をし、授かることができた暁には心から味わい尽くす。それがクエ鍋であり、僕の思う憧れという言葉の正体なんです。


ブランドが「憧れを投げてくれたら、キャッチして身を投じたい」という人が必ずたくさんいるはずで、でも球が飛んでこないんですよね。今は、ファッションにしろ何にしろ、下地がない人にも十分楽しめる時代なんですが、食べ尽くした感がある。だから口コミやひそひそ話などの“あなただけよ感”に価値を求めるのでしょう…。

憧れとは、「所有したいピュアな願いと、ほんのり届かない距離感」、そして無理したら買えるというものからできています。だから作るのは難しい。そんな時代だから、この2冊の間を行く服作りをしたいと思っています。


■Amver <AUBERGE>デザイナー 小林 学
1966年湘南・鵠沼生まれ。高校卒業後、文化服装学院アパレルデザイン科に入学してファッションの基礎を学び、88年の卒業と同時にフランスへ遊学。帰国後、南仏カルカッソンヌに本社のあるデニム、カジュアルウェアメーカーの企画として5年間活動。後に、岡山の最新鋭の設備を持つデニム工場に就職。リアルなモノ作りを学びながら、幾多のブランドのデニム企画生産に携わる。
98年、満を持して自己のブランド<スロウガン>をスタート。懐かしくて新しいを基本コンセプトに映画、音楽等のサブカルチャーとファッションをミックスした着心地の良いカジュアルウェアを提案し続け、現在は恵比寿に事務所を兼ね備えた直営店White*Slowgunがある。
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Text:ISETAN MEN'S net
Photo:Amvai(https://amvai.com/

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