受け継がれるサルトの魂


ヴィンチェンツォ・アットリーニの肩書は「スティレ ラティーノ」のオーナーでありモデリストである。テーラーの学校で一通りを学んだ後に、父の会社で研鑽を積んだ。しかし父の下に納まったままではいられなかった。ナポリの男は、往々にして個性的だ。とくに仕立て職人たちは、自分こそがナポリ随一と信じて疑わない。ロンドンのサヴィルロウの職人に会うと「まだ、私の服を着てくれない…」と嘆くが、ナポリの職人に取材に行くと「なぜ、俺の服を着ない!」と叱られる。

 

「初めての顧客は、知人の医師でした。納品した翌日に電話が掛かってきて、わたしの服を着たら10歳若く見える、と彼が言うので、若く見えるのではなくいままで着ていた服が10歳老けて見えるのだと言いましたよ」。


現場はもちろん、経営のノウハウも父チェザレ譲り。いまでこそ工房で針と糸を執ることはないだろうが、彼も確かな腕を持っているはずだ。それはこんな言葉から読み取れる。

「自分自身が優れた技術を有していなければ、職人たちを教えることはできないって、父がいつも言っていたので…」。

幼い頃は祖父の工房でデリバリーの手伝いをし、父の工場では裾上げの手伝いをしていた。サルトリアで育った男だ。祖父が定規を使わず、指で測りハサミを入れる仕事振りは記憶に刻まれているという。父が仕事の大半の時間を、オフィスではなく工房で過ごすのは、職人たちとの良好な関係を築くためということも知っている。


昨年10月に開催された<スティレ ラティーノ>オーダー会でのヴィンチェンツォ氏とエージェントのプリモ氏

「オーダー会で世界中を回ります。ミラノのショールームで来シーズンの注文をとるのも重要な仕事です。でも一番好きなのは、工場で職人たちの仕事を見ていること。ただ見ているのではありませんよ。技術指導をしたり、相談に乗ったりね。私が現場にいることで、現場の空気がよくなるんです。みんなも私がそばにいることを喜んでくれます」。

特徴的なのはダブルの仕立てだ。スティレ ラティーノのダブルブレストは、ワイドなラペルが雄々しく翻る。豊かなロールからピークへ向かう優美なラインとハイウェストのグラマラスなバランス感覚は、ヴィンチェンツォの実力を顕著に示す。「軽い」「着やすい」「若々しい」といった有り体の表現に収まらない、職人の豊かな個性を描くナポリ流のスーチングがここにある。


「ダブルのラペルはスティレ ラティーノ最大の特徴です。ほかのブランドが真似をしようとしても、決してできないレベルにあります。このラペルは裁断も縫い方もプレスの仕方も父のブランドと違います。父も私のダブルのコートを愛用しているほどですからね」。

そういいながら我がコートのラペルを愛おしそうに指でなぞる。祖父の血は確実にここに受け継がれているのだろう。ヴィンチェンツォの息子チェザレ(祖父の名である)は、弟のエミリアーノと共にロックバンドでCDデビューを果たしている。最近になって、父の仕事を手伝い始めたと風の頼りに聞いた。

Text:Ikeda Yasuyuki
Photo:Ozawa Tatsuya

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