2015.12.14 update

【インタビュー】ジェレミー・ハケット(HACKETT LONDON/ハケット ロンドン 創業者)|おいしいケーキにはデコレーションが必要です


ジェレミー・ハケット氏が「キャンペーン・フォー・ウール」のためにつくり上げたコレクションを携えて来日した。英国紳士のあいだでもMR.CLASSICと称される紳士のなかの紳士、ジェレミーの美学とは? はたまたそのような美学は、どのようにして育まれたのか?


「ディテールはスタイルを構成するひとつのファクターにすぎない。紳士服にはシルエットやファブリックなどほかにも大切なファクターがあります。しかしながら、それでもディテールはなおざりにできないんです。そうですね、ケーキに喩えてみようじゃありませんか。スポンジもクリームもとっても美味しいとして、われわれはなんの飾りもないケーキを食べたいと思うでしょうか」


アンダーステートメントこそが紳士を際立たせると語るジェレミー・ハケット。それはキャンペーン・フォー・ウールに登場したコレクションに端的に表れていた。織り柄の向きを変えたパッチポケット、ライニングに描かれたタワー・オブ・ロンドン、日出づる処へのオマージュを込めた赤いパイピング、そしてひとつ離れた4つの袖ボタン。


「軍服の袖ボタンの数はウェールズが5、コールドストリームが2+2となっている。ハケット ロンドンの正装が3+1というわけです(笑)。わたしのこだわりに気づくイギリス人はまずおりません。そういう意味では、あなたたちの感性に近いのかも知れない」


このコレクションに関していえば、ハリスツイードにフォックス・ブラザーズというイギリスを代表するテキスタイルメーカーの協力があってはじめて完成しました。一目でそれとわかるハリスツイードのチャーミングな風合い、ぬめるように吸いつくフォックスのフランネルはもはや何物にも代え難い領域にあります――ジェレミーはそういって慈しむように生地をなでた。


伝統を消費しきることはできない

ジェレミー・ハケットはファッション業界ではたらく父母のもと、大西洋に面した古い街でそだった。長じてロンドンへ出、キングスロードの店で販売員の職を得るとほどなくヴィンテージ・クロージングに開眼、サヴィル・ロウのテーラーにベースを移すかたわら古着の販売に乗り出す。ジェレミーの審美眼は話題を呼び、仕入れが追いつかなくなるのと前後してみずから服をつくり出して現在にいたる。MR.CLASSICになるべくしてなったような、サクセスストーリー。


「早熟だったわたしは、クラスのみんなに着こなしを真似されたものでした。当時好んだスタイルがタブカラーのシャツ、細かく編まれたタイ、テーパードしたパンツにチェルシーブーツというものでした。たしかにアバンギャルドだったかも知れませんが、一つひとつはあくまでクラシックなアイテムであり、アバンギャルドだったのはあわせ方でした。伝統を解体し、組み立てていく作業はすこぶる面白かった。そのまま大人になったわたしは、打ちのめされたクラシックの世界にふたたびスポットを当てたいと思うようになりました」

往年のアイテムやファブリックだけでは限界があるのでは、と水を向けるとたちまち否定した。


「たとえばフォックス・ブラザーズ。あの会社の創業は1772年ですよ。脈々と創造してきたアーカイブは人生を捧げたってつかい切るのは不可能でしょう」

ジェレミー・ハケットが最初の店を開いたのは1983年のこと。たかだか30年あまりの社歴しかない。数百年の歴史を有する名門がひしめくイギリスにあって高く評価される要諦はだれよりもクラシックを愛し、精通したうえで、そこにまぶす遊び心も勘どころを押えているからにほかならない。


「わたしの役割は時代時代の空気を感じて、ふさわしいアーカイブに、ふさわしいアップデートを施し、クラシックが時代の遺物ではないことを証明すること。クラシックとは、つねに動きつづけるものなのです」

いわんとするところはその日の装いをみれば一目瞭然だった。服が、躍動していた。

Text:Takegawa Kei
Photo:Fujii Taku

お問い合わせ
03-3352-1111(大代表)