2019.12.04 update

90年代当時のハーレムを捉えた写真家・内藤カツによる国内初の個展「Once in Harlem」開催。(2/2)

12.11 Wed -12.31 Tue
伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズ

「Once in Harlem」 後記

 

ニューヨークには日本食レストランの3年契約シェフとして渡米した1983年から生活をしています。18歳でしたので、仕事後にクラブに通うことが遊びの中心になっていた時期が長かったです。それも薄れ始め、ほかの刺激を求め始めていた時期に訪れたのがハーレムでした。当時は悪名度が高く、行かないほうがいい場所と知られていましたが、探索をした数時間で虜になったようです。


1988年4月、アッパーウエストサイドの94丁目からハーレムの112丁目に引っ越しました。ブロードウェイ沿いには24時間の雑音があり、それに慣れていた就寝時の静けさにはびっくりしました。ハーレムの夜は基本的に静かです。


歩道が広く高いビルも少ないので、空が大きく見え、緊張感の中にも安堵感が共存する。ただ余所者の手前都合で写真が撮れる場所ではないという空気感は漂っている。


3階の部屋から見える通りのセントニコラスアベニューの景色は、まるで映画を観ているような感覚だった。野外用スピーカーが響くブロックパーティーでは、若者やおじさんおばさんたちがステップを踏む。通り向こうにあるデリの裏顔はギャングの隠れ場所であり、夜にはドラッグの売買が連日行われていた。廃墟や空に向けて発砲する若者を見ることは普通のことだった。

ある夜中、眼下に拳銃を手に持って走る男が。それを追う男はビルの角で止まり拳銃を構える。一発の発砲音直後に逃げている男がよろめく、とそのまま走り崩れ落ちて動かなくなり頭から血が流れ始めた。


心の振動が麻痺するくらいの出来事が日常的になると部屋に漂う火薬の臭いにも意識が向かなくなる時もある。またか。くらいに。でもギャング基地があるからこそ外部から人がきて悪さができる環境ではなかった。だから地元の人は守られていたということもある。

夜中には銃声が鳴り響くことがあるものの、昼間はとても和やかなところだった。 このデリは現在でもそのまま廃店状態で残っておりFBIが長年調査を続けて摘発したギャンググループだったということをハーレムから出た後に知った。


近所に慣れてから他のハーレムを知りたくなった。まずは自分の顔を覚えてもらわないと何も始まらない。


レノックスアベニューを125丁目あたりまで歩くことを日課とし、カメラを持ち歩く勇気が出た日にはライカCLを首から下げた。小さいカメラだったので私服警官と思っていた人もいたらしい。 ストリートで連日顔を見合わせるようになると、自然の成り行きで会話は始まる。時間とともに写真好きなブルースリーと近所のティーンネージャーから呼ばれるようになってからは、やっとハーレムから受け入れられたという実感が湧いてきた。そんな感覚になることが多くなってきた。


ある日通ったことがないルートを辿り衝撃的な風景と出会った。5番街と119丁目の角近くにあったバラック小屋の新聞売り場。

 

辺りにはボロ椅子が無造作に置かれ、数名の老人が座っている。このコミュニティーの写真を撮りたいという衝動が一気に高まり、椅子に座っている一人の老人を前に写真を撮らせて欲しいと自己紹介するものの、目の前の僕が全く視界に入っていない眼に変化は起きなかった。

 

その老人はミスターボブと呼ばれ近所の相談役で誰からも愛されリスペクトされる口数の少ない人間味あふれる人物だった。

彼が受け入れてくれるまでの数日間は無視され続け、ようやく写真を撮ることを受け入れてくれた翌日からはカメラを持って通うことが日課になった。集まる老人たちと一緒に雑談し、タバコを吸い、ビールを飲む。誰が毎日来て誰が不定期に来るか。そんなリズムにも慣れてくる。みんな優しい人だった。

当時の治安は良くなくカメラを持ち歩いていることを気遣ってくれた。ときには僕の手をとり、お前は黒人じゃないから、とにかく気をつけろと。 僕の言葉は決まって、心配しないでよ。ハーレムに住んでいるのだから。

 

それから2年ほどして、5年半住んだハーレムのアパートを離れることに。夜逃げという言い方が適切か。

 

家賃を滞納していた上、ハーレムの地区開発も勢いを増し、区切りを一旦つけてもいい時期だった。 ボブのニューススタンドは跡形もなく、更地になっていた。


当時のハーレムは独自の時間が流れる場所。

住人と地元との繋がりは実にアットホームだ。それに溶け込むまでに2年はかかったものの、一旦ハーレムの住民感覚が芽生えてくるとなんとも居心地がいい。

ハーレムの空気を吸い、水を飲み、音を聴く。


そこにはストリート文化があり近所感覚がないと成り立たないコミュニティー文化がある。それは地区開発と共になくなりつつあり、住人として撮影したハーレムは貴重な体験となった。


これらの写真は90年代はじめから中頃にかけて撮影したものです。


内藤カツ

イベント情報
内藤カツ 個展「Once in Harlem」
  • □メンズ館2階=メンズクリエーターズ
*伊勢丹新宿店メンズ館は、12月31日(火)は午後5時閉店とさせていただきます。

Text:ISETAN MEN‘S net

*写真作品は、全て額装込みとなります。
*写真作品は受注生産のため、2020年2月中旬頃のお渡しとなります。
*価格はすべて、税込です。

お問い合わせ
メンズ館2階=メンズクリエーターズ
03-3352-1111(大代表)
メールでのお問い合わせはこちら