2018.08.17 update

【インタビュー】大平智生|フィレンツェの友情が育んだ親愛なるレザーブランド<Cisei/シセイ>

デザイナー大平智生は渋カジ世代だという。学生時代、手持ちのデニムを解体して型紙をつくり革を切り出して革パンを作ったこともある。モノを作る仕事に憧れ、カーデザイナーを目指したこともあるが、就職はうまくいかなかった。留学してイタリアでプロダクトデザインを学ぼうと考えていたのだが、卒業する頃に彼の興味は建築や都市開発・ランドスケープデザインへと変わっていた。そしてイタリアへ渡った大平は、語学学校在学中にまた方向性を変えることになる。

イベント情報

<シセイ>パターンオーダー会

□8月22日(水)~9月11日(火)
□メンズ館地下1階=紳士鞄


イタリア・フィレンツェを活動拠点に<CISEI/シセイ>を手がけるデザイナー大平智生氏


「当時はまだフィレンツェの街中には、革細工の工房がいくつもあって、語学学校への通学途中に目にしていたので、覚えたてのイタリア語で頼みこんで工房を見学させてもらっていました。そのうち、こういう仕事も面白そうだなと思うようになっていたんです」。

興味に背中を押され皮革工芸を学ぶ学校のパタンナー課に入学してみると、クラスに生徒は自分ひとりだった。そのため授業は学校ではなく、先生が経営するスタジオで行われることも多々。授業なのかインターンなのか、仕事を覚えていくうち気づくとレザーファークトリーに就職していた。そこは20〜30人の職人を抱える中規模工場で、大平はパタンナーとして雇われた。イタリアに渡り、きちんと就労ビザを取得して働いている外国人は稀有だが、大平は学校経由だったこともあり正社員として迎えられた。ここで大平は運命の出会いを果たす。


「服好きやったので、一度本場に触れたい思って、軽〜い気持ちで(笑)」。ストラスブルゴを運営するリデアカンパニーのクリエイティブディレクター、神藤光太郎がイタリアに渡った理由は、ファッション好きな若者の突発的な思いつきだったという。大学に籍を置いたままフィレンツェの語学学校に留学。空いている時間にバイトでもしようと、学校掲示板にあった「要日本語」と書かれた土産物店に面接にいくとすぐに採用が決まった。店は観光バスが横付けされる立ち寄り地で、日本人ツアー客が多かったのだ。「日本人留学生のバイト先なんて、日本料理店か土産物屋しかあらへんかった」と神藤は笑うが、もしあのとき日本料理店を選んでいたら、シセイは誕生しなかっただろう。

神藤光太郎が採用された店は、大平が働く工場に併設されたショップだったのだ。神藤は店のスタッフ、大平は工場の職人として出会う。大阪出身で社交的な神藤と渋谷育ちだが朴訥とした大平。性格が合うようには思えない2人だが、異国の地で年もひとつしか違わない日本人同士、すぐに打ち解けた。やがて神藤は帰国しリデアカンパニーに就職するが、大平はフィレンツェに残ることを選ぶ。


いつかは日本に帰ってモノ作りをしたいと思っていた大平だったが、現地で所帯を持ち、娘も生まれていた。3社の工房でキャリアを積むと自宅一室にアトリエを構え、大手工場の下請けとして稼働するようになる。鞄職人として独立を果たすがウィメンズの鞄製作が主で、メンズへの造詣は薄かったという。その頃、帰国した神藤は社内でめきめきと頭角を現していた。年に数回は仕事でフィレンツェを訪れるため、大平との親交も続いている。あるとき大平の自宅でビールを飲んでいた神藤が、傍らに転がっていた鞄のサンプルを手に取り「なぁ、これナンボでできるん?」と何気なく聞いたことから、大平の人生は大きくカーブを切っていく。

「最初は日本の鞄のマーケットのことなんて、なにもわからなかった。それでも8型のサンプルを作ってピッティ期間中に展示会を開きました。会場は神藤が泊まっているホテルの部屋(笑)。神藤が親交のあるバイヤーさんを何人か連れてきてくれて、いきなり400個の注文が入ったんです」。


このあたりのエピソードはTV番組でも報じられているので割愛するが、大平のモノ作りと神藤のプレゼンテーションがうまく両輪で回ったからこそ、シセイはブランドとして成長を遂げることができた。いま大平は外に工房を開き、下請け仕事もOEMやODMの依頼もすべて断って自身のブランドに打ち込んでいる。いまコレクションの総型数も30ほどに増えた。

「日本で工房を開くことも考えないこともないのですが、フィレンツェにいるほうが絶対的なメリットがあるんです。それは革の入手経路。取り幅の大きい革は日本では手配しにくいし、ある程度まとまった量になると、シーズンごとタンナーに依頼して作ってもらわなければなりません。仕上がりがよくないと、発注し直すこともあります。これを日本から遠隔でコントロールするのは難しいです。探せば見つかるのかもしれないけれど、日本で仕事をしたことがない私にはハードルも高いと思います」。


どこまでもモノ作りにこだわる大平には「謙虚」「職人気質」という言葉が似合う。決して多弁ではないが、質問のひとつひとつに真摯に答えようと懸命に言葉を探している。横から神藤が軽口を叩いて煽る言葉にも、必至に記憶を思い返しながら真面目に返そうと務めている。その姿は真面目な兄と自由奔放な弟のよう。人馴れも都会慣れもしている関西人の神藤と、フィレンツェでこつこつと鞄作りを続けてきた渋谷育ちの大平との対比は少し意外にみえる。だが神藤は大平を心底信頼していることがわかる。

「僕は結局、人やと思う。どんなにエエもん作ってる人でも人間の性格がクソやったら絶対売れへん。それやったら真っ当な人が作ってる、ちょっと足りひんもんのほうが絶対にいい」。


「足りひんもん」が<シセイ>のことを指しているのではないがこれは別の機会に、神藤から聞いた言葉だ。かつて某大手ブランドが営業に来た際も、どんなに有名ブランドの請負工場が手がける自社ネームだからといっても「初対面のイタリア人とは信頼関係が築けない」と断り続けた。後にこのブランドの営業マンとして、他社で親交のある人物が転職したと聞いたとたんすぐさま取引を開始したという神藤は誰よりも人を信じている。

今回の取材では2人の関係性について書きたいので、2人で写真を撮りましょうと提案したが、神藤は「今日は写真に写れる格好じゃない」と頑なに断った。カメラマンの注文に応じて真面目にポーズをとる大平を、横から神藤がからかう。大平が笑うと、神藤も笑う。20年来の友情を交わす2人の笑う目尻はとてもよく似ていた。

<シセイ>パターンオーダー会
□8月22日(水)~9月11日(火)
□メンズ館地下1階=紳士鞄
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*価格はすべて、税込です。

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メンズ館地下1階=紳士鞄
03‐3352‐1111(大代表)