スーツを着る機会が減っているといわれる時代に、スーツ市場では既成よりもオーダーのシェアが伸びているという。それは仕事服としてのユニフォームではなくスーツが個性を表現するコスチュームになりつつあることを意味している。スーツの個性や表情を左右するのが生地だが、種類も多く初心者には選ぶこともなかなか難しい。そこでマーチャンダイザー、バイヤー、スタイリストと立場は異なってもオーダースーツを熟知するメンズ館スタッフが、それぞれの推し生地を取り上げる。

1.「スーツ生地の究極の普通」を挙げるなら＜国島＞

大塚：私の推しは尾州の毛織物メーカーの＜国島＞のウール生地です。店頭で接客していてもオーダースーツは敷居が高いと感じているお客さまは多いのですが、＜国島＞の生地なら6万9000円（税別）から仕立てることができるので、初めての方でも挑戦しやすい価格ではないでしょうか。

山形：オーダースーツが初めてという方は予算も気にされるので、＜国島＞はおすすめしやすいですよね。

大塚：価格がお手頃でも品質がいまいちかといえばそんなこともなくて、適度に艶っぽさもあって、スーツらしい仕立て映えもする良質な生地だと思います。

山形：＜インコテックス＞などと同じぐらいの価格でパンツも仕立てることができるので、既成パンツを探しにきたお客さまに、「こちらの生地でオーダーパンツはどうですか」とおすすめすることもあるのですが、そういったご要望にも好評です。

谷口：オーダースーツは敷居が高いけれど、パンツ単品なら仕立ててみようというケ ースはよくありますよね 。

鏡：＜国島＞はライトグレー、ミドルグレーが定番人気ですけど、この価格でこれだけきれいなグレー生地はなかなか目にすることはないのでは。見た目もきれいで、適度な耐久性もあって、バランスがちょうどいい「究極の普通の生地」かもしれないですね。

大塚：「生地の良し悪しはわかりません」という方でも、＜国島＞は感覚的に「きれい 」って思ってくださるお 客さまは 多 いです。国 産 でこれだけのクオリティの生 地 があることを知っていただきたいです。

山形：艶も色も強すぎず、深すぎず、目立ちすぎず、それでいて見 映えがいいので私はお受験用のスーツを探しに来たお客さまには＜国島＞でオーダースーツをおすすめしています。

2.盛夏に優雅に装うなら＜スペンス ブライソン＞のリネン

山形：＜国島＞がコストパフォーマンス部門だとして、自分が「ファッション」という観点で選んだのが＜スペンス ブライソン＞のリネン生地です。

谷口：夏のエレガントなスーツといえばリネンですよね。

山形：グレーもネイビーもひと通りお持ちというお客さまが来店したときに、「ありそうでない色味のスーツが一着クローゼットにあると映えますよ」とブラウン系のリネン生地をファッションスーツとして提案したことがあります。仕上がりもかっこよくて、とても喜んでくださいました。

谷口：リネン生地をお求めのお客さまに＜スペンス ブライソン＞を紹介することは多いですか？

山形：そうですね。カラーバリエーションも多いので選ぶ楽しみもありますし、リネンといえば＜スペンス ブライソン＞なので品質も自信をもっておすすめできます。

大塚：リネンのようにサマーシーズンぐらいしか着ることのない生地は表情も独 特なので、シーズンごとでスーツ生 地を変えているというお客さまには響きますよね 。

鏡：リネン生地は＜スペンス ブライソン＞だけではないですけど、このメーカーの特徴は大きめのシワがヨコ方向に入ることです。タテ方向にシワが入るリネンだとカーリングといってベントがクルッと丸まってあまりかっこいいとはいえな い 。色 落 ち も 絶 妙 な の で 、着 れ ば 着 る ほ ど 味 わ い 深 く な る の も ポ イ ン ト だ と思います。

谷口：＜スペンス ブライソン＞だとオーダースーツで16万円ぐらいからですよね。それよりも価格を抑えたメーカーもありますけど、カーリングを避けてリネン特有の風合いをスーツで楽しむなら多少高価でも＜スペンス ブライソン＞を選ぶ 価 値 はありますよね 。

3.コンフォートであり端 正な＜トレーニョ＞の「3D WOOL」

谷口：僕が選んだのは＜トレーニョ＞の「3D WOOL」です。少し前まではストレッチ性はスーツ生地のオプションのような扱いでしたが、今は海外製も国産も標準装備になっています。スーツを長年着続けている世代の方ほどストレッチというと人工的な生地というイメージをお持ちですけど、見た目も天然素材と遜色のない上質生地はすごく増えてきています。

鏡：＜トレーニョ＞の「3D WOOL」は伸びっぱなしではなく、きちんと元に戻ろうと す る の で 、膝 が 比 較 的 抜 け に く い の が 良 い で す 。今 の ス ト レ ッ チ は 、た だ 伸 びるだけという生地じゃないのが昔との大きな違いかもしれない。

谷口：「3D WOOL」って名前も惹かれませんか？（笑）

山形：生地レベルのことだけでいえば、スーツは着心地のいい服になりつつあると思います。

谷口：スーツは堅苦しい、疲れると避けている方ほど、現代のストレッチ生地でスーツをオーダーすることをおすすめしたいです。

大塚：「3D WOOL」は自分も個人的に気に入っている生地なので、おすすめすることが多いです。微量とはいえポリウレタンが混紡されていますけどウール100%の生地にも質感は負けていないので、見た目はキリッとしている。それでいて着心地はコンフォートなので、お客さまに生地の良さを伝えやすいです。

4.メンズ館でリピーターが多いのが＜ハーディ ミニス〉の「QZ2」

鏡：自分の接客経験のなかで、「またあの生地でスーツを作りたい」とお客さまがよく戻ってくるのが＜ハーディ ミニス＞の「QZ2」です。

山形：再びご来店いただける理由はなんですか？

鏡：百貨店のオーダースーツが提供するべき価値は「信頼」というのが自分の考えで、長く付き合えるというのは大事な要素です。なので、一着を長年大切に着 続けたいというお客さまには必ずおすすめしますし、それを叶えてくれるのが＜ハーディ ミニス＞の「QZ2」だと思っています。すぐに買い替えないといけないような生地をおすすめしていては、信頼を損ないますから。

大塚：メンズ館はオーダースーツが初めてというお客さまも多いですよね。ありがたいことに「メンズ館にお任せしよう」と来店されるみたいで、そこは「信頼」なのかなと思います。

谷口：オーダー初心者の方ほど、まずは生地選びから楽しむという選択はあると思います。オーダースーツを仕立てる理由が「この生地きれいだな、かっこいいな」でもなにも問題ないので。

大塚：生地選びがオーダースーツのすべてではないですけど、「この生地で仕立てた服を着てみたい」と思うのはオーダーならではですよね。それはブランドの既成のコレクションに対してはできない発想ですから。

山形：まずは自分たちが接客の時に着ているオーダースーツの生地が、お客さまにとっての見本やお手本にならないといけないですね。

谷口：さすがですね、徹底していますね。

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