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名品の意思をつなぐもの

名品の意志をつなぐもの

世界中の洒落者を魅了するナポリ仕立て界の巨匠、アントニオ・パニコ。
最高の着心地は、そのゴッドハンドによる完全手作業から生まれる。

メンズ館5階=メンズテーラードクロージング

11歳から仕立ての道へ。ナポリ黄金時代の立役者

“ナポリ仕立ての最高峰”“最後にして最高のマエストロ”─ 溢れんばかりの賛辞をほしいままにする名サルト、アントニオ・パニコ氏。本格的ナポリスタイルを継承する“最後の”サルトといわれる所以でもあるその柔らかく軽い仕上げ、そして完全ハンドメイドによって体のラインを美しく艶やかに表現する服は、世界の洒落者たちを魅了してやまない。
 そんな氏が仕立ての世界に入ったのは11歳の時。本人いわく、“あまりにも元気な子供”(つまりはかなりの悪ガキ)だったので、神父様の管理下で仕立て人修業に出されたのだとか。氏の故郷であるナポリ郊外の街カザルヌオヴォは仕立て業で有名だったため、その選択はごく自然なものだった。その後、14歳の頃、伝説的サルト、ロベルト・コンバッテンテ氏のもとで修業を始め、そこでフリーハンドカッティングの技術をマスターする。29歳でナポリの老舗テーラー、ロンドンハウスへ。その後、20年以上同店のマスターカッターを務め、ナポリ仕立ての黄金時代を築いた立役者となる。1991年には満を持してナポリの高級エリアであるキアイア地区にサルトリアを開業。78歳の現在ももちろん現役で、息子ルイージ氏、娘パオラ氏と共に、ローマ(現在一時休業中)、ミラノにも拠点を置いて事業を拡大中だ。
 アントニオ・パニコ氏の服の魅力は完全手作業による伝統的なナポリ仕立てということにはすでに触れたが、そもそも“ナポリ仕立て”とは何か。それは年間を通して暖かいナポリの気候を反映して肩パッドや芯地を使わないため、つくりが柔らかく軽いというのが大きな特徴だ。パニコ氏は言う。

ナポリ・カルドゥッチ通り29にあるサルトリア・パニコ。インターフォンには控えめに「Panico」の文字が。

アントニオ・パニコ
「サルトリア・パニコ」オーナー

カザルヌオヴォ出身。11歳で仕立てを始め、コンバッテンテ氏のもとで修業。29歳からロンドンハウスのカッター/サルトリア責任者を務めた後、91年にサルトリア・パニコを開業。

「家に帰ったとき、一日中ずっと着ていたことを忘れてしまうようなスーツでなければいけない」
 つまり、第二の肌のように、着ていることを忘れるほど快適であるべきだというわけだ。そのためにパニコ氏が一番気を使う部分は肩。ナポリ仕立てらしく肩パッドなしでナチュラルに仕上げるが、実はそこにはジャケットが肩の骨の部分の動きにぴったりと合うような綿密な計算がなされている。
 ナポリ仕立てにも数多くのテーラーがいるなかで、アントニオ・パニコが特別だといわれるのは、それが着る人の個性や体型を美しく引き出す服だからであろう。イタリアのなかでも特に個性を尊重するナポリ人の気質に対応すべく、個々の体型や好みを色濃く反映したスタイルだからだ。
 そんな顧客ごとのプロポーションを完璧に再現した服をつくる秘密は、やはり完全ハンドメイドから生まれる微妙な匙加減なのだろう。特に長年の経験によって培われた裁断技術が大きくものを言う。
「付き合いの長い顧客の服は採寸しなくてもカットできる。自分の体のこともよくわかっているから、自分のスーツもダイレクトに裁断するよ」
 その右手は型紙より正確なのだ。

気に入らない服は納品しない。
常に完璧を求める孤高のサルト

 だが、そこには自分自身にも自分がつくる服に対しても厳しい氏の生き様が反映されている。仕立て一筋で70年弱を経た今も「洋服一着一着が常に試験だ」と言って挑戦する心を忘れない。そして「自分が気に入らない服がこのサルトリアから出ることはない」と言い切る。外国人の顧客がスーツを取りにサルトリアまで来たのに、最後に仕上がりが気に入らず客を帰したこともあるとか。またたとえ顧客がつくってほしいといっても、自分が納得しない服は絶対につくらない。が、そのためには顧客の体型だけでなく、人柄から職業まですべて熟考するという。“孤高のサルト”ともいわれ、気難し屋だという噂もある氏は「こうやっていつも何か考えてるからみんなに怖いと言われるんだよね」と苦笑いする。その実は茶目っ気溢れる陽気なナポレターノなのだ。
 さて、この偉大なる父から仕事の厳しさと仕事へのパッションを受け継いだのが、息子のルイージ氏と娘のパオラ氏だ。現在サルトリアは彼らと約15人の職人たちに支えられている。20代の3人の若い職人たちも修業中だ。後継者不足問題に悩むイタリアの職人業界において、サルトリア・パニコの未来は明るい。
DE PETRILLO

「サルトリア・パニコ」が位置するのは海からも近いナポリの高級エリア、キアイア地区。

KENETH FIELD

フルハンドメイドでしつけ糸を施していく。同じ建物内に工房があり、そこで約15人の職人たちが作業。

AQUASCUTUM

ナポリ仕立て特有のディテイルの一つと言われる本切羽。本国のビスポークでは、ボタンホールも手縫いによる正確な縫い目でつくり上げる。

AQUASCUTUM

娘・パオラ氏(左)、アントニオ氏、息子・ルイージ氏(右)。「仕立て人としては厳しくて完璧主義。父としてはとても心配性で世話焼き(笑)」。

AQUASCUTUM

「どんな人も洋服を着ていなかったらどうなるだろう? 人自身ではなく服が人を形づくる。洋服を着ていなければ何者でもない」というマーク・トウェインの言葉を大事にしている。

AQUASCUTUM

パニコ氏のお気に入りは重くてしっかりした生地。特にネイビーのチョークストライプが好きだという。

既製のラインに加え、今季からメンズ館ではアントニオ・パニコのメイド トゥ メジャーを導入。随所に宿る柔らかな曲線が美しい。

スーツ仕立上り972,000円から 
※お渡し:約3~4カ月後 ※既製のスーツは648,000円から