2020.03.03 update

【特集】残し、伝えていくことの重要性。写真家・深瀬昌久の作品がTシャツになって蘇る


深瀬昌久という写真家をご存知だろうか。1960年代から90年代にかけて活躍した写真家であり、当時は荒木経惟や東松照明、細江英公らと共に伝説的なワークショップで教鞭を執っていたりと、第一線で活動を続けた写真家である。しかし1992年に起こした事故をきっかけに作家活動は突如閉ざされ、2012年にその生涯を終えた。

そんな深瀬の再評価が近年、日本のみならずヨーロッパのアートシーンでも高まっている。そのムーブメントの仕掛人が、2014年に「深瀬昌久アーカイブス」を立ち上げたアート・プロデューサーのトモ・コスガ氏だ。彼は学生時代から深瀬の作品にのめり込み、編集者などのキャリアを経たのち、埋もれていたその作品を蘇らせた。今回、伊勢丹メンズ館ではコスガ氏と親交の深いブランド<RIVORA/リヴォラ>とのコラボレーションとして、深瀬が飼い猫を写した作品『サスケ』をフィーチャーしたアイテムをリリースする。

2019年秋にタカ・イシイギャラリー 東京にて深瀬の展示が行われた際に、コスガ氏と<リヴォラ>の粟生田(あおた)弓氏の両人から話を聞くことができた。今回のコラボレーションのみならず、深瀬作品の魅力、作り手の意思をアーカイブとして残して行くことの重要性など、ファッションとアートの垣根を超えてさまざまに語っていただいた。


Tシャツになることで、写真をより身近に感じられる



──お二人が親交を深めたのは、国内の写真家にまつわる研究会だとお聞きしています。

粟生田 ファッションに携わる前にツァイト・フォト・サロン(以下、ツァイト)という写真専門のギャラリーに勤めていました。トモさんと最初にお会いしたのは、拙著『写真をアートにした男—石原悦郎とツァイト・フォト・サロン—』のトークイベントの時です。その前にトモさんはディーゼル・アート・ギャラリーで深瀬さんの個展をプロデュースされていて、深瀬さんが蘇ったと感銘を受けたと同時に、ほとんど見たことのない作品が展示されたことに驚きました。「これは何事?!」と、どなたが手がけたのだろうと思っていました。
コスガ 私が弓さんのトークにお邪魔したのは、写真のアーカイブについて関心を抱いていたからです。ツァイトは日本の写真文化において重要なギャラリーでした。その代表を務めていた石原悦郎さんが亡くなり、そのアーカイブを弓さん達が担っていくということだったので、どんなお話をされるんだろうと。そうして話を伺ってみると、深瀬のアーカイブを進める上で勉強になることが沢山あると感じた。そこで月一回集まって、研究会をやろうという話に発展したんです。

──粟生田さんは、そこからどういう流れでファッションの世界に携わっていくのですか。

粟生田 2009年にデザイナーの鈴木泰宏と一緒に<リヴォラ>を立ち上げてアート・ギャラリーから異業種のファッション業界に飛び込みました。ですが、関係性は途切れることなく、日本写真史の証言者として石原さんの言葉を残すため、週1回ギャラリーに通いつづけました。写真とファッションは時代性を色濃く反映する点が似ていますね。
コスガ 私はいまオランダのアムステルダムを拠点に活動しているのですが、2019年に一時帰国した際、展示や本にすることでは伝えられないような角度から、なにか新しいことがやれたらいいですね、という話になって。
それから数か月が経って、弓さんから打診をいただいて。「サスケ」と「遊戯 -A GAME-」をTシャツに落とし込んでみたらおもしろいんじゃないかと。


コスガ 特に後者は元々、深瀬が写真プリントの上から糸を縫い込んだものを更に複写することで完成した特殊な作品。そうした裁縫という細工を今回改めてイメージの上から施すというアイデアは、元の深瀬のアイデアを逆転させながら繰り返すことでもあります。そうした試みは、今は亡き深瀬との対話にもなると思い、その実現に向けて動き出したんです。
粟生田 そこで伊勢丹さんから話をいただき、タイミング的にも世に出す好機だなと思って企画を練っていきました。

──深瀬さんの作品には『鴉』『家族』などといった有名な作品がありますが、今回『サスケ』を選ばれた理由はなんでしょう?

コスガ 深瀬の作品には、暗いものがけっこうあるんです。そうした中で『サスケ』は、生命力に溢れる仔猫に深瀬が重なり合いながら写し続けた、とても元気が良くて明るい作品。それだけに、Tシャツとの親和性があると思いました。


コスガ 一般的に猫の写真というと、とにかくカワイイ!癒やされる!という面が持て囃されるものですけれど、深瀬が撮ったサスケの写真には、子どものように生意気だったり、悪さをしたり、おどけて見せたりと、本当に色々な顔があって。というのも、深瀬はサスケの瞳に自分を映り込むほどサスケを撮ることに没頭し、ついには彼自身がサスケと同化するほどだったからなんですね。そうした写真というのは、誰が観ても楽しくなるもの。それを洋服に落とし込んでもらうことで、『ど根性ガエル』じゃないですけど(笑)、Tシャツを着てもらいながら心の中でサスケと対話してもらえたらいいなと思いました。

──フォトTシャツは、ファッションアイテムとしてもすごく人気が高いものです。リチャード・アヴェドンの Tシャツなどは古着市場では高値で取引されています。

コスガ 作家の作品を身につけるというのは楽しい体験だと思います。作品としてオリジナルプリントを所有して鑑賞するというのはなかなか機会の少ないことですが、Tシャツなら気軽に着られる。そういう意味でも『サスケ』はしっくりくると思いました。


粟生田 今回はシルクスクリーンプリントで1点1点手刷りで作製しています。写真の手焼きの感覚というか、粒子の感覚を残したくてこの手法を選びました。深瀬さんは生前にほんの数冊の写真作品集が出たっきり。なかなか見る機会がなかったものが、トモさんが掘り起こしてくれたおかげで、展覧会で展示されるようになって、写真集も新たに出版されて触れられるようになった。

──そもそもコスガさんが深瀬さんにのめり込んでいったのはなぜでしょうか?

コスガ その質問はいつも訊かれるんですが、一番答えにくいんです(笑)。というのも、私が彼の存在を知ったのは大学生の頃だったんですけど、その写真を見た時、ワケも分からずグサッと刺さっちゃったんですね。それで調べていくうち、『鴉』は確かに代表作なんだけれども、実はものすごく沢山の作品を手がけていて、それどれもが写真を撮る人なら触発されるような、実験的でワクワクするような作品ばかりだった。



コスガ 例えば、古い絵画の修復現場で使われる20x24インチという超大型ポラロイドが撮れるカメラで撮ったのが、今回Tシャツの絵柄に起用した『遊戯 -A GAME-』という作品ですし、同じくポラロイドフィルムを印画紙の代わりに使ってプリントしたりもしていて。それは感光させる秒数を変えると色味が変化したりだとか。そういったアプローチに深瀬が至ったのは、彼の実家が祖父の代から続く写真館を経営する家系で、深瀬は跡取りとして期待されただけに、物心つく頃には家業の手伝いをやらされていたからなんですね。時にはそうした「写真と生きる宿命」を憎みながらも、作家活動を閉じるまで40年ものあいだ、絶え間なく作品を作り続けた。そうした気迫が、彼の作品からは感じられるんです。
粟生田 トモさんがそこまで深瀬さんという人物の内奥に迫れるのも、やはり誰よりも彼の作品を見ているからなんだと思います。当時の雑誌を集めて、切り抜きをコツコツとスクラップされていることには驚きました。編集された写真集ではなく、雑誌から深瀬さんの全体像を捉える。深瀬さんの時代の写真家の全貌を追うためには必要なことですが、なかなかできることではありません。なにしろこの時代、カメラ雑誌は人気メディアで冊数も無数に存在しますし、どこに掲載があったのかを追うもの難しい作業で、ほとんど諦めたくなるくらいです。

──深瀬さんのオリジナルプリントはどのようにして管理しているのですか?


コスガ かつて前身にあたる団体がかつて存在したのですが、そこが活動を休止された際に引き継ぎました。深瀬が生前に制作したオリジナルプリントをもとにして、世界各国で回顧展を開いたり、本を制作しています。写真は複製できるメディアなので、ネガがあればいくらでもプリントが作れてしまう。でも実際には、焼き方ひとつをとっても、焼く人が違うだけでまるで異なるものに仕上がる。深瀬は生前、自分でプリントを制作した人物ですし、彼が焼いたプリントというのはプロの現場で従事するヨーロッパの業界関係者に見せてもお墨付きの仕上がり。深瀬が生前に目指したクオリティをこの時代に再現することは簡単ではありません。ですから、ニュープリントは極力制作せず、残されたプリントを皆さんに見て頂くことから、なるべくリアルな深瀬作品を味わっていただきたいと考えています。

──掘り起こして展示をした結果、海外でも大きな回顧展が開かれるなど、時代が求めていたかのように改めて評価が高まっています。


コスガ 深瀬ファンの方々はみんな、ずっとこの時が来るのを待っていたと思うんです。92年に起きた突然の転落事故以来、20年にわたって深瀬の作品は闇に葬られていた。人々が見たいと願っても、その思いは叶わなかった。私の仕事は、そのフタを思い切って開けること。そして、彼がこの世に遺した作品の楽しみ方をみなさんに伝えながら、展覧会や本という形でお披露目していくことです。
粟生田 我々はファッションブランドなので常に時代性というものを意識しています。1977、8年に撮影された『サスケ』という作品のTシャツが2020年に発売される。きっと時間を超越したような不思議な魅力を感じてもらえるはずです。『サスケ』の背景に写り込んだ深瀬さんの”暮らし”には、失われつつある時代性が閉じ込められていて、今の社会とは少し違う。少し前の写真だけれども、もう決定的に出会えない雰囲気がどこかにあります。そして、結局は作品が掘り起こされるきっかけは、メディエーターありきだと思うんです。トモさんのような方がいないと一生埋もれたまま。才能があっても日の目を見ない写真家やアーティストもいる中で、ここまで熱心に掘り起こされたのは並大抵のことではないと思いますし、伝えて行くことの重要性を我々も感じています。

──最後に、どのようにこのTシャツを見ていただきたいですか?


粟生田 アートとファッションは近いようで妙に離れているところがあって。Tシャツを通じて橋渡しじゃないですが、それぞれのファンが違う文化に触れ合うきっかけになれるといいなと思います。また、深瀬昌久という写真家についても、<リヴォラ>というブランドについても知っていただける機会になればいいなと思っています。皆様からどのような反応を得られるのか、今から楽しみにしています。
コスガ 私は常に、次の世代に引き継ぐことを意識しています。自分の世代で終わってしまうようなら、アーカイブという仕事自体が意味を成さない。深瀬の初回顧展をアートギャラリーではなく、ディーゼル・アート・ギャラリーで敢えて開催させてもらったのも、とにかく若い人に知ってもらい、関心を持ってもらいたいと思ったからでした。そういう意味で、今回のTシャツをきっかけに、深瀬に関心を抱いて下さる方々が増えることを楽しみにしています。

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Photo:Shunsuke Shiga
Text:Ryuta Morishita

*価格はすべて、税込です。

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