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名品の意志をつなぐもの

原材料の高騰や為替レート問題、人材不足といった国内生産の障害をものともせず、
逆にそれを楽しんでいるかのような革職人がいる。固定観念に縛られない発想が生んだつくり手の物語。

革の魅力に取りつかれ
独学で小物づくりを開始

 東京の下町は、古くから鞣しをはじめ、製品製造、流通までを担う皮革製品の生産地として知られている。T・MBHの工房兼直営店は、そんな歴史と伝統が息づく街・台東区浅草橋のマンションの一室にある。看板はなく、頼りになるのは住所と表札だけ。それでも、全国からレザー愛好者がここを目指してやってくるという。
 扉を開けると黙々と作業する職人の姿が目に飛び込んでくる。その数、総勢11名。室内に入り、まず驚くのは機械音がまったくしないことだ。ハンドメイドを謳う革製品は多いが、通常は縫製をミシンで行い、コバ磨きにはグラインダーを使う。T・MBHのように、完全に手作業で仕上げるのは世界的に見てもまれである。
 代表を務める革小物司・岡本拓也氏の経歴も異色だ。もともとは塾講師で、趣味が高じてこの世界に入ったこともあり、ものづくりのノウハウはすべて独学で習得した。当然、業界のルールや慣習にも疎かった。ところが、それが逆に岡本氏の独創性に磨きをかけることになる。
 品質をどこまでも追求し、ハンドメイドやメイド・イン・ジャパンにこだわれば、その分コストはかさみ価格に跳ね返る。生産地を人件費の安い国に移すことで、そうした問題を解消できるかもしれないが、それでは自分の目が隅々まで届かない。一方、国内では昔ながらの非効率な匠の技に固執するあまり、採算ベースに乗せられずにいる職人が少なくない。

T・MBHの“葉合せ製法”の工程。封筒状に組み立てる際に貼り合わせ部分がわからないように糊代になる革を斜めきし、さらに貼り合わせ後にも段差がほぼなくなるまで丁寧に革を漉く。

岡本拓也
革小物司/TAKUYA MADE BY HAND 代表取締役

おかもと たくや●大学では精密工学を専攻。メーカー勤務を経て、進学塾で理数系の講師になる。2006年に革職人としてプロデビュー。いくつかのブランドを手がけたあと、2010年にT・MBHを立ち上げる。

日本の美しいデザインを
世界に認めさせるために

 このままでは日本から世界に認められる革製品は生まれない。そうした危機感が岡本氏の原動力となった。ハイエンドラインでは手縫いにこだわり、洋服のテーラーメイドをヒントに技術を開発。そして、ワニ革やエイ革といったこだわりの革を使うことで、いまの世の中にないもの、触ったことのない感動を与えるものづくりに情熱を注いだ。
 ただ、それだけだと量産化によるビジネスは難しい。では、縫わなければいいのではないか。その一瞬の閃きが後にT・MBHのもうひとつの顔となる“葉合せ製法”誕生のきっかけとなった。約0.4ミリの革を2枚貼り合わせ、糊代をズラすことで縫う以上の強度を確保することに成功。試行錯誤の末、内側の革を一度組み立てたあとに、外側の革で包むようにして仕上げる独自製法を編み出した。
 ほかにないものをつくるために、従来の技術だけに頼るのではなく“製法”から見直すのがT・MBHの信念。「革小物という実用品を嗜好品にするのが究極の目標」と語る岡本氏の言葉に迷いはない。

「T・MBH プロモーション」
5月15日(水)〜21日(火) 本館1階=レザーグッズ

5月18日(土)・19日(日)各日1時〜8時に、職人の岡本拓也氏が来店。お持ちいただいたお気に入りのノートのサイズでカバーをおつくりします。
参考価格:A7サイズ ノートカバー(牛革)
32,400円から ※お渡し:約1カ月後

DE PETRILLO

“葉合せ”は1日3回砥ぐ革包丁でしかできない斜め漉きの技術があるからこそ完成した製法。毎日約30本使うため、道具箱の中には包丁がずらり。

KENETH FIELD

貼り合わせに使う接着剤は5種類。部分によって使い分ける。

AQUASCUTUM

厚紙でつくった型紙は製品をつくるたびに破棄するため大量にストック。

AQUASCUTUM

コバ磨きも手作業で行う。丁寧に磨き込んだコバに独自開発の蝋を熱コテで何度も擦り込み、艶のある表情に。

AQUASCUTUM

組み上げてから細部をカットしていくのも“葉合せ”のオリジナル工程。

“葉合せ”による革小物はコンパクトなのに大容量で、修理頻度が少ないのが特徴。今春から18KPGボタンがアイコンに。
〈ティー・エムビーエイチ〉
名刺入れ 42,120円(トカゲ革/6.8×10cm) 29,160円(牛革/6.8×10cm)
コインケース 45,360円(象革/7.3×8㎝)
札入れ 59,400円(牛革/9×17.5㎝)